第1回市民公開講座 「現代の歯科医療が目指すもの 治療から予防へ」
  
4 お口の病気と全身との関係  窪田歯科医院 窪田裕一

本文へジャンプ 2007年5月26日 

 

 参照文献:
財団法人8020推進財団学術集会 『歯周病と生活習慣病の関係』報告書 平成17年3月 発行財団法人8020推進財団
「口腔微生物学・免疫学 第2版」編集 日本大学院教授 浜田茂幸 医歯薬出版
など

近年、全身の病気がお口の病気の原因になるだけでなく、お口の病気が全身の病気の原因になったり症状を修飾したりすることが注目されるようになってきました。
 
  歯科医療で取り扱う病気:

 医科の分野では次々と新しい病名や症候群が増えるのがあたりまえになっています。そのため現代では病気の数は四百四病ではまったく足りずに数万〜数十万種程度に増えているのが実情です。それに引換え歯科医院で取り扱う病気は長年変わり映えがせず、むし歯と歯周病と入れ歯くらいのものと考えられてきました。しかし病気は社会的生物である人間が患う形態・機能障害であり、社会環境が変われば歯科の分野においても従来あまり注目されなかったような疾病の治療に当たる機会が増えてきました。
思いつくままに、歯科疾患を分けてみると以下のようになります。参照:ICD−DA(国際疾病分類 歯科学及び口腔科学への適用)第3版
 
最近、見かけるようになったものとして、摂食障害に関連する嘔吐習慣による広汎なエナメル質の脱灰や経済的な理由などで養育困難な家庭における多発性カリエスや重篤な不正咬合の放置例、飲用酢習慣によるエナメル質の脱灰などがあります。また厳しい世相を反映してか、過剰なストレスや疲労と関連した各種口腔疾患も目立ちます。

また全身的な疾病の局所的な症状や障害として現れる口腔疾患は多数あり、患者さんへの対応や治療に細心の注意が必要です。

いくつかの複合した基礎疾患を有する患者さんが、何種類もの内服薬を他科で処方されて歯科医院を訪れるのがあたりまえの時代ですから、歯科医療に従事する者は、今まで以上に隣接医学に対する基礎的な知識を増やす努力が必要とされていますし、患者さん自身も自らの身体と心の状態を客観的に捉えて把握している必要があります。

主な口腔疾患分類 主な疾患例
細菌・真菌・ウイルス感染症 むし歯、歯髄炎、歯周病、顎骨骨髄炎、上顎洞炎、放線菌症、口腔カンジダ症、流行性耳下腺炎、巨大細胞性封入体症、口唇ヘルペス、帯状疱疹、ヘルパンギーナ、手足口病など
アレルギー性疾患 3型アレルギーとしての歯周病、口腔アレルギー症候群、金属アレルギーなど
膠原病 リウマチ性顎関節炎、シェーグレン症候群、多形浸出性紅斑、結節性紅斑など
免疫機能不全 周期性好中球減少症によるアフタ、フェルティ症候群など
咬み合わせの病気 咬耗、歯根破折、咬合性外傷、圧迫噛みしめ症候群偏咀嚼、下顎の側方偏位、筋・筋膜疼痛症候群など
咀嚼障害 歯の欠損による咀嚼障害、咀嚼筋筋力の低下による咀嚼障害、義歯や冠の不調など
嚥下障害 異常嚥下癖、球麻痺等
発音障害・構音障害 舌硬直症、口蓋裂など
唾液分泌障害 口腔乾燥症、唾液緩衝能の低下、唾液中のホルモンや消化酵素産生障害など
顎機能障害 顎関節症など
形の異常 叢生・上顎前突・下顎前突・開咬・過蓋咬合・臼歯部交叉咬合・空隙歯列弓などの不正咬合、矮小歯、短根歯、エナメル質形成不全症など
審美障害 歯牙フッ素症、歯の着色、不正咬合、歯肉の着色など
自臭症を除く口臭 口臭
先天性疾患 口蓋裂、顎変形症、クルーゾン症候群、トリチャーコリンズ症候群、ケルビズムなど
形成異常 顎骨の繊維性骨異形成症など
悪性腫瘍 がん、肉腫
良性腫瘍や前癌病変 エナメル上皮腫、セメント質腫、白板症など
嚢胞性疾患 歯原性嚢胞(歯根嚢胞、歯周嚢胞、濾胞性歯嚢胞)、顔裂正嚢胞(正中上顎嚢胞、正中下顎嚢胞、球状上顎嚢胞)、鼻口蓋管嚢胞、各種唾液腺嚢胞、先天性頚嚢胞など
神経の病気 三叉神経痛、オーラルディスキネジア、口腔アロジニア、痛覚過敏症、幻歯症、錯誤痛・関連痛など
精神的・心理的な病気 顎関節症X型、歯科恐怖症、自臭症など
チャイルドアビュースや育児困難 多発性カリエス、暴力による歯牙の脱臼や軟組織の裂傷、重篤な口腔疾患の治療遅延など
外傷 脱臼、骨折、義歯による褥瘡など
放射線による障害 放射線壊死など
重金属や化学物質による障害 鉛縁、化学火傷、シンナー常用による多発性むし歯、飲用酢による酸蝕症など
境界領域の疾患 口腔灼熱症候群、知覚過敏症、口内炎、外骨症、味覚障害など


むし歯や歯周病と菌血症(bacteremia)・敗血症(sepsis)、細菌性心内膜炎
 正常な状態では血液中に細菌は存在しません。しかし、なんらかの原因で微生物が血液中に侵入し、全身を循環している状態を菌血症(bacteremia)といいます。ほんとにちょっとしたことで細菌は血流に混ざりますから、菌血症自体はそんなに心配するような状態ではありません。例えば歯磨きをしただけでも、一過性の菌血症になり、歯石をとったり、抜歯をすれば必ず細菌が血液中に入り込みます。でも普通は少数の細菌ならば血液が肝臓を通過する際に速やかに分解され取り除かれますし、また血液中の顆粒球やリンパ球などの細胞性免疫や抗体などの液性免疫により排除されます。

 しかし侵入した細菌の量が多い場合や他の病気(糖尿病、白血病、悪性腫瘍、肝臓疾患、腎臓疾患、膠原病、ステロイドの長期投与、免疫抑制剤の投与、ラジエーションにより白血球が少なくなった人など)や重度の熱傷・外傷などで体力が弱っている場合は、血流中の細菌は排除されず、敗血症sepsisに移行することがあります。敗血症は血液が感染症になり全身の重い症状が現れた状態で、発熱または重症の場合は低体温、頻脈、低血圧、意識障害(敗血症性ショック)を起こします。重要臓器が障害されると呼吸障害や肝不全、腎不全を起こします。敗血症に対する治療が奏功しないと、播種性血管内凝固症候群disseminated intravasucular coagulation(DIC)に移行したり、致命的なエンドトキシンショックを起こすことがあります。
身体の中に持続的な感染巣がある場合や大きな外傷等では侵入細菌量が多いために血流中の細菌は排除されずに、新しい感染巣をつくりながら重症化していきます。

お口の中の初期感染巣が原因である菌血症において最も頻繁に分離されるのはレンサ球菌(Streptococcus属)の細菌です。Streptococcus mitis またはStreptococcus sunguinisは細菌性心内膜炎の患者から分離される細菌の36.9%を占めます。次に多いのはむし歯の主な原因菌であるStreptococcus mutansで14.2%です。
一方、頻度は低いのですが、グラム陰性菌であるHaemophillus属、Actinobacillus actinomycetemcomitans、Cardiobacterium hominis、Eikenella corrodens及びKingella属等も細菌性心内膜炎の原因菌として分離され、一部の歯周病菌が心内膜炎の原因になっていることが判明しています。(M.T.ParkerとL.C.Ball 1975 「口腔微生物学・免疫学 第2版」編集 日本大学院教授 浜田茂幸 医歯薬出版 P327より引用)

細菌性心内膜炎:血流中に侵入した口腔内レンサ球菌が、心内膜(心臓の内側をおおう膜)の異常な部位(主に弁膜の奇形や加齢による弁膜へのカルシウム沈着、リウマチ熱の既往のある弁膜、人工心臓弁等)にある血小板に接着し、そこを足がかりにして繁殖し、弁膜の炎症を起こします。細菌性心内膜炎では発熱や頻脈などが現れる他、できた血栓(塞栓)が血流に乗って脳に飛べば脳梗塞を起こし、冠動脈を詰まらせれば心筋梗塞を起こします。また塞栓が付着した部位は感染症を起こし膿瘍を形成します。塞栓が付着した動脈壁は破裂しやすくなり、部位によっては命にかかわります。

心臓弁に異常がある人や人工弁置換を受けた人、先天的心臓奇形のある人の歯科治療に際しては、治療前に抗生物質の予防投薬を行なうなど専門医と連携した上で、慎重な姿勢で治療を行う必要があります。


-1 粘膜と歯周病菌   参照及び引用: 標準免疫学 谷口克編集 医学書院、好きになる免疫学 萩原清文 講談社サイエンティフィク、 口腔微生物学・免疫学 医歯薬出版など
人間の身体は簡単に言えば竹輪のような筒状の構造をしています。竹輪の外側の部分を皮膚が覆い、竹輪の内側の穴の部分を粘膜が覆っています。粘膜が覆う部分は口腔・咽頭や胃腸などの消化器や鼻腔、上気道、泌尿器、生殖器などで粘液層や粘膜上皮がバリアーとして働いています。普段、表から見る機会が少ない粘膜ですが、粘膜は成人皮膚(1.6u)の200倍程度の面積を持ち、およそその広さは400u、つまりテニスコート(ラインの内側の面積=260u)の1.5倍ほどの広さがあるとされています。

お口の中の細菌が人体に侵入するには唾液の持つ抗菌作用(リゾチーム、ペルオキシダーゼ、ラクトフェリンなどの酵素)や自浄作用に打ち勝ち、次にこの粘膜バリアーを通過しなければなりません。多形核白血球や上皮細胞はディフェンシンなどの種々の抗菌ペプチドを産生し細菌の侵入を阻止しようとします。何らかの原因で唾液や粘液の産生が少なくなったり、歯ブラシなどで傷ついて粘膜のバリアが破れると簡単に細菌が体内に侵入しやすくなります。

私たちの身体には侵入するウイルスや細菌を排除する仕組みがあり、そのシステムを免疫と呼びます。皮膚や粘膜の表面では樹状細胞(dendritic cell)やγδT(ガンマデルタティー)細胞、NK(natural killer)細胞、NKT(natural killer T)細胞などによる自然免疫または先天免疫(innate immunity)と呼ばれる防御機構が働いています。

最も強力な抗原提示細胞である樹状細胞は表面にToll様受容体(toll-like receptor:TLR)と呼ばれる細菌やウイルスの共通した構造パターンを認識する受容体を持ち、細菌の線毛や菌体外毒素であるエンドトキシン(lipopolysaccharide LPS)、細菌の細胞壁構成成分であるペプチドグリカン、ウイルスの二本鎖RNAなどをパターン認識して貪食するとともに、ヘルパーT細胞を活性化します。

末梢に分布するときは樹状細胞は未熟で貪食作用を持ち、異物を貪食するとIL-1(インターロイキンー1)の作用で成熟し、所属リンパ節に移動します。表面を貫通する主要組織適合遺伝子複合体(MHC major histocompatibility complex)クラスU分子を持つ樹状細胞は、その過程で取り込んだ蛋白質をペプチドに分解し、ペプチドとMHCクラスU分子が結合した複合体を作ります。このペプチドMHC複合体が樹状細胞表面に提示され、ヘルパーT細胞(CD4陽性T細胞 CD=cluster of differentiation)により認識され、免疫反応の司令塔と言われるヘルパーT細胞(Th細胞)を活性化し、様々な種類のサイトカインの産生を促します。ヘルパーT細胞には作り出すサイトカインの種類によりTh1細胞とTh2細胞の2種類に分かれます。Th1細胞はIL-2、IFN-γ(インターフェロンガンマ)などのサイトカインを産生し、キラーT細胞への分化を促しウイルス感染細胞や細菌を処理させます。(細胞性免疫) Th2細胞はIL-3、IL-4,、IL-5,、IL-6などを産生しB細胞には抗体産生を指令します。大量につくられた抗体は外敵に結合します。一部のB細胞(プラズマ細胞)は免疫記憶として体内に残り次の外的侵入に備えます。(液性免疫)

このように自然免疫と獲得免疫(acquired immunity)には密接な関係があることが判明しています。

粘膜バリアを破って体内に侵入した細菌などの異物が菌対外毒素などで周囲の組織を破壊すると、組織に