糖尿病と歯科治療 Diabetic and dental treatment 
 糖尿病の病態学 集英社『健康百科 気になる糖尿病』P8〜9、ちくま書房『糖尿病の話』田上幹樹著を参照。

血糖(ブドウ糖、血中グルコース)は細胞の最も重要なエネルギー源である。   

血糖上昇:
血中グルコースのレベルが一定以下になると、膵臓のα細胞がグルカゴン(glucagon)を放出する。肝細胞表面のグルカゴン受容体にグルカゴンが結合し、アデニル酸シクラーゼが活性化する。アデニル酸シクラーゼはATPからサイクリックAMP(cyclic AMP)をつくる。 サイクリックAMP(セカンドメッセンジャー)が増えるとグリコーゲンが分解され、細胞内のグルコース-6-燐酸の濃度が増加するとともに、グリコーゲン合成は抑制される。グルコース-6-ホスファターゼによりグルコース-6-燐酸はグルコースと燐酸に分解される。

肝臓は血液中にグルコースを放出する。

膵臓から分泌されるインシュリンが正常に働いているとき、血糖は一定のレベルでコントロールされる。何らかの原因でインシュリンが不足したり、j受容体の働きが低下した状態が続くと糖尿病になる。

ブドウ糖は組織の栄養源になるが、血液中のブドウ糖が細胞に取り込まれるためにはインシュリンが必要になる。

血糖下降:
血糖値が高くなるとグルカゴン放出は抑制され、膵臓のβ細胞からインシュリンが放出される。

インシュリンは血液中のブドウ糖を組織の細胞に運搬する役目を果たす。
細胞膜は二重のリン脂質(一種の油の皮膜)でできているため、分子量180の水溶性のブドウ糖(グルコース)はすばやく細胞膜を通り抜けることができない。

細胞膜にはブドウ糖だけをうまく通過させる蛋白(グルコース輸送体、グルコース・トランスポーター)がある。筋肉細胞や脂肪細胞の主な
グルコース・トランスポーターはGLUT4と呼ばれる。GLUT4はインシュリンがないときは、細胞内にあり、働かない。インシュリンが作用するとGLUT4は細胞膜上に移動し、糖を取り込む。インシュリンはGLUT4の細胞膜上への移動だけでなく、その活性化に関与している。2型糖尿病(NIDDM)患者の筋肉細胞の糖取り込みは明らかに低下しているが、これはGLUT4一個あたりの活性(糖の輸送量)が低下しているためと推測されている。

細胞膜上には細胞膜を貫通する形でインシュリン受容体がある。インシュリン受容体は細胞膜上のαユニットと細胞膜内のβユニットからなる。
インシュリンがインシュリン受容体(Insulin receptor)の細胞膜外側にあるαユニットに結合すると、インシュリン受容体の細胞内に突出したβユニット上のチロシンキナーゼ活性化を引き起こす部分が働き、チロシンキナーゼ(タンパク質のリン酸化を進める酵素)が活性化する。
活性化したチロシンキナーゼはインスリン受容体基質群(IRSs; IRS-1, IRS-2, IRS-3)をチロシンリン酸化する。
リン酸化されたインシュリン受容体基質はPI-3キナーゼ(脂質リン酸化酵素)を活性化し、さらにPKBなど様々の酵素が活性化される一連の反応が順番に起こる結果、最終的には細胞内のグルコース輸送体であるグルコーストランスポーター4(GLUT4)が細胞膜表面に顔を出し、このグルコーストランスポーター4を介して、グルコースの血中から細胞内への取込みが促進される。

 ソルビトールと細小血管障害 出典:集英社『健康百科 気になる糖尿病』P8〜9

糖尿病が進行すると細小血管に障害が生じるために、様々の合併症が起こる。

血液中のブドウ糖の量が増え続けると、血管を構成している細胞の中で、アルドース還元酵素が働く。アルドース還元酵素はブドウ糖をソルビトールという糖アルコールに変える。ソルビトールは果物や海草の中に含まれる糖アルコールで人工甘味料としても使われる物質。血糖が正常値ならソルビトールは果糖に変換され、細胞の外に出されるが、高血糖状態が続くとアルドース還元酵素によりソルビトールが大量につくられ、処理しきれなくなる。すると細小血管を構成する内皮細胞内にソルビトールが蓄積して濃度が高まり、浸透圧により細胞内のソルビトール濃度を薄めるように内皮細胞内に水が侵入する。すると内皮細胞は水ぶくれ状態になり、蛋白が変性したり、酸欠状態になり、細小血管に障害が起きる。

人体中でアルドース還元酵素が多く存在するのは、末梢神経、網膜、水晶体、脳、肝臓、すい臓、赤血球、副腎などであるために、これらの臓器に細小血管障害としての合併症が現れやすい。⇒アルドース還元酵素阻害薬
 糖化蛋白による酸化ストレス 出典:ちくま書房『糖尿病の話』田上幹樹著

高血糖状態が続くと、血液中のブドウ糖は身体を構成する細胞のタンパク質と結合し、糖化(グリケーション)タンパクになる。糖化タンパクは複雑な化学反応を経て最終糖化反応生成物(AGE:advanced glycation endproducts)に変わる。AGEはタンパクが変性した物質で、本来の正常な機能を果たすことはできない。高血糖が続くと、血管内皮細胞や組織細胞内のタンパクに異常が起きて合併症が進行する。⇒HbA1c(グリコヘモグロビン)も糖化蛋白の一種。

またAGEが生成される過程で、フリーラジカルである活性酸素が生まれ、酸化ストレスを組織に加える。

@血管内皮細胞への障害:悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が糖化され、変性した悪玉コレステロールは代謝されにくいため血中に長くとどまり、動脈の内膜に蓄積して掃除役のマクロファージに取り込まれて泡沫細胞となり、アテローム(粥腫)の形成を促進し動脈硬化を促進する。

A腎障害:糖タンパクが腎臓の糸球体内皮細胞、メザンギウム細胞を障害する。間質の繊維化が起こり、糖尿病性腎症を引き起こす。

B心筋障害:心臓への糖化タンパクの蓄積により、心筋が肥大したり、間質の繊維化が進み、心筋の弾力性が失われ、拡張機能が障害される。

 糖尿病が引き起こす慢性合併症 出典:集英社『健康百科 気になる糖尿病』

 糖尿病に特徴的なもの(3大合併症) 

   1.糖尿病性網膜症 網膜の小出血を繰り返し増殖網膜症に進行すると大出血を起こして失明する。
   2.糖尿病腎症    進行すると腎不全(尿毒症)を起こし、透析療法が必要になる。
   3.糖尿病神経障害
   知覚麻痺、自律神経の障害による消化器症状や排尿障害。

                  多発性神経障害:手足の先がしびれる。触れていないのにいつも何かに触られる感じがする。痛み。こむらがえり。
                  自律神経障害:体の局所に異常に汗をかく。冷えやほてり。
                  単一神経障害:外眼筋麻痺や顔面神経麻痺

  糖尿病があると起こりやすいもの  

   1.動脈硬化症(心筋梗塞、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症)
   2.高脂血症:肝臓が中性脂肪を多くつくるために、リポ蛋白が多くなり、動脈硬化が促進される。
   3.高血圧:糖尿病でない人の3倍かかりやすい。
   4.脂肪肝
   5.白内障
   6.感染症(肺炎、歯周病など)
   7.皮膚病
   8.壊疽:血流障害や神経障害により足の潰瘍や壊疽を起こす。
   9.関節症
   10.骨粗鬆症 
   11.インポテンツ:細小血管への血流障害と糖尿病と診断されたための心因性勃起不全による。
                    
 歯周病を治療すると血糖値が下がる!?

歯周病が進行すると歯周病菌が血液中に入り、インシュリンの働きを阻む物質が体内に増える。

炎症性サイトカイン(IL-1(インターロイキン1)、TNF-α(腫瘍壊死因子α)、IL-6(インターロイキン6)など、糖がつながった蛋白質で、主として細胞同士の情報伝達を担う。)や歯周病菌毒素(リポ多糖(リポポリサッカライド=LPS)急性炎症の惹起や骨吸収に関与)がその原因ではないかと推定される。

つまり歯周病菌が血管内皮細胞内に侵入し炎症を起こすことにより生ずる炎症性サイトカインやTNF-αがインスリン受容体基質群の一連のチロシンリン酸化カスケード反応を阻害し、その結果、グルコース・トランスポーターGLUT4の細胞膜表面へのトランスロケーション(移動)を阻害することにより、血中グルコースの細胞内への取り込みが邪魔される。

歯周病治療を行なえばインシュリン抵抗性が改善し、血糖値が下がる。

 A.真性糖尿病(一次性糖尿病)

              @インスリン依存型糖尿病(IDDM:I型):小児糖尿病、若年性糖尿病、
1型糖尿病

              Aインスリン(インシュリン)非依存型(NIDDM:II型):2型糖尿病

    B.その他の糖尿病(二次性糖尿病 インシュリンの不足を引き起こす原因になる他の疾患がある場合) 
 
              @膵性糖尿病 膵臓の炎症、腫瘍など
              A内分泌性糖尿病 先端巨大症など
              Bステロイドホルモンなどによる糖尿病 副腎の腫瘍など
              Cインシュリンやインシュリン受容体の構造異常による糖尿病
              D妊娠性糖尿病

2型糖尿病のタイプ Diabetes Melitus(DM)Type2 出典:今日の治療指針 医学書院 総編集:山口徹 北原光夫 P501

2型糖尿病は糖尿病の90%を占め、以下の3タイプに分かれる。

@インシュリン分泌低下が主体。
Aインシュリン抵抗性主体で相対的なインシュリン不足を伴う。
Bインシュリン分泌不足とインシュリン抵抗性が同程度に関与。

インシュリン分泌低下は主に遺伝的に規定され、インシュリン抵抗性は遺伝的に規定されるとともに、過食、高脂肪食、運動不足など生活習慣に起因する。

2型糖尿病は適切な治療を受けないで放置すると、細小血管合併症(網膜症、腎症、神経障害)を招く。また虚血性心疾患、脳血管障害などの基盤となる動脈硬化症が引き起こされる。

 インシュリン抵抗性と肥満、高血圧、高脂血症、糖尿病 出典:ちくま書房『糖尿病の話』田上幹樹著 P042より引用改変。

糖尿病、高血圧、高脂血症は同じ病因で発症する遺伝性疾患であるという説が提唱されている。

氷河期を越えて地質学的な長期間、厳しい生存環境の中で常に戦闘準備態勢を強いられた人類は、もともと血圧が高く、脳に充分なブドウ糖が供給されるように筋肉細胞のインシュリン抵抗性が高く(筋肉細胞がブドウ糖をエネルギー源として使いにくく)なっていた。高血圧でインシュリン抵抗性が高い種族は勝ち残るのに都合がよく、歴史的に勝者の遺伝子の集積が起きた。

しかし飽食の時代においては、高血圧とインシュリン抵抗性は成人病の原因になっている。高血圧者は正常血圧者に比較し、インシュリン抵抗性が高く、筋肉細胞がブドウ糖を取り込みにくいので、血中インシュリン濃度が高くなっていることが分かっている。

その結果、血中にブドウ糖が余るのが糖尿病の病態である。インシュリンは筋肉細胞にブドウ糖を取り込ませるばかりでなく、肝臓でHDLコレステロール(善玉コレステロール)を分解し、VLDLコレステロール(主成分は中性脂肪とLDLコレステロ−ル(悪玉コレステロール))を増やす作用及びVLDLコレステロールを分解する酵素(リポ蛋白リパーゼ)の活性を高める作用をを持っている。血液中のインシュリン濃度が高い状態(高インシュリン血症)が続くと、VLDLコレステロールが増加し、高脂血症(高コレステロール血症、高中性脂肪症)、低HDLコレステロール血症になる。高コレステロール血症、低HDLコレステロール血症は動脈硬化性疾患が起こりやすい。


また高インシュリン血症が続くと腎臓での塩(ナトリウム)の再吸収が高まり、交感神経系の緊張が高まり、高血圧が発症する。

このようにインシュリン抵抗性が高い状態、つまり血中インシュリン濃度が高い状態が続くと、糖尿病も、高血圧も高脂血症も合併してくる。