№98「発達障害のある人の歯科診療」広汎性発達障害その2
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               №98「発達障害のある人の歯科診療」広汎性発達障害その2

                    
                                  図1


 自閉症の人たちの知能の高さは様々であり、重度の精神発達遅滞をもつ人もいれば、一般の人よりはるかに高い知能を持っている人もいます。

 IQが70~75以上の人を、知的障害をもたない自閉症スペクトラム(連続体)という意味で「高機能自閉症」と呼びます。

またやはり知的障害がないのに、相手の感情や雰囲気を察することができず、コミュニケーションに障害を持つ症候群として、「アスペルガー症候群」があります。

知的な障害を持たず、特定の分野に強い興味と関心を持ち、感覚の受け止め方に違いのある「アスペルガー症候群」は「高機能自閉症」に比べ、症状の表れ方に特徴がありますが、両者を厳密に分けることはできず、通常、自閉症スペクトラムとして一括して取り扱われています。
 
 下図は、ウィキペディアに現在記載されている図ですが、知的障害を伴う旧来の自閉症(カナー症候群)、知的障害がなく自閉度が高いアスペルガー症候群(高機能自閉症)、知的障害はあるが自閉傾向のない非自閉知的障害と健常者の関係が示されています。

                 
                       図の出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

○ 自閉症スペクトラムの歯科医療における問題(文献2 頁10参照、引用)

1. 言葉がうまく理解できない。⇒指示は具体的に短く。

 言葉を字句とおりに厳密に解釈し、その音調や音韻に注意が削がれるために、メッセージの内容が伝わらないことがあります。特に「もうちょっと」、「あそこ」「がんばって」「がんばって」のように抽象的な、または比喩的な表現を理解できません。

 長い文章を我慢して聞くことも苦手です。

2. イメージが持てない。⇒治療内容を図等で説明して、治療中も鏡等で見せながら治療をステップごとに行う。

 見えないものや経験したことのないものを想像することができません。したがってお口のなかで行なわれていることや、未経験の治療行為に対して強い恐怖感を持ちます。

3.診療行為の意味や目的を理解できない。⇒やはり写真や図で理解を得る努力をしますが、なかなか困難です。

 小さな子供で治療行為の目的が分らない場合でも、周囲の言い聞かせや態度で、なんとなくその治療を受けなくてはならないものと理解しますが、自閉症スペクトラムでは、なぜ自分が治療を受けなければならないのか、その治療をしないとどうなるかが理解できません。

 したがって理由が理解できないまま、痛みや音、器械の振動や苦痛に襲われることになり、歯科治療を受けることは本人にとって拷問にすぎません。

4.見通しがもてない ⇒ その日の治療の内容や手順や我慢する回数、一回我慢する時間などを絵に描いて説明する。
 
 歯科診療室など未経験な環境下で、これから何をされるのか、いつ終わるのか、想像したり、見通したりできないために、不安を感じたり、恐怖にかられやすくなります。

5.感覚刺激に対する独特な反応 ⇒ 苦手な感覚刺激を見極め、徐々に説明してから慣らす。いきなりライトを点けたり、バキュームを突っ込んだりしない。避けられる刺激は避け、振動や音のなるべく小さな器具や方法を選ぶ。

 音や振動、光、臭い、触覚などに対しての反応が通常と異なります。ある感覚に対してひどく鈍感であったり、逆にひどく過敏であったりします。

一般的にざわざわしたうるさい環境が苦手で、頭を撫でられたり、髪の毛に触られたり、胸の上に物を置かれることに対し激しい嫌悪を示し、突然手で払いのけたりする場合があります。

突発的な音や強い光の刺激が苦手である反面、特定の感覚に執着し没頭することもあります。スピットンを流れる水に触れて、いつまでもその感覚に執着するなど特定の感覚刺激に固執する傾向があります。

6.嫌な経験の残留 ⇒ 痛くしない。設備やマンパワーがあれば静脈鎮静法などを併用する。

  自閉症スペクトラムの人は一般に強固な記憶力を持ち、特に押さえつけられたり、痛みを感じたりしたつらい経験をけっして忘れることがありません。

したがって、治療で恐怖感を覚えると、歯科医院に行くことができず、二度と歯科診療を受けることができなくなる場合があります。

7.落ち着きのなさ、衝動性、気がちる ⇒ 注意を削ぐような玩具や窓の外の景色を見せない。今、行なっている治療の内容をよく理解し、治療に興味を持たせる。

 自閉症スペクトラムや注意欠陥他動性障害(AD/HD)の中には、気が散りやすく落ちつきのない人がいます。長時間の治療に集中することができず、すぐに飽きてしまうため、治療椅子で同じ姿勢を保って歯科治療を受けることがなかなかできません。

8.氷山モデル(自閉症スペクトラムの人の行動特性)
 
 自閉症スペクトラムの人は周囲が理解できないような突飛な行動をしたり、周囲が困る行動をする場合があります

表面に現れた行動の背景には、「相手の話が理解できない」、「なにをされるのか分らない」、「過去に歯科治療で怖い経験をしたことがある」、「何をするのか、いつ終わるのか見通しがたたない」などの思いがあり、その気持ちを相手に伝えることができない、特定の感覚刺激に苦痛を覚えるなどの自閉症の特性から、奇矯な行動を起していることを理解する必要があります。

○ 広範性発達障害に対する歯科診療

1. 主訴

 障害のない人でも歯科診療が苦手な人はたくさんいらっしゃいます。

ズキズキする痛みに耐えかねて歯科医院に駆け込んでも、強い痛みに交感神経系が過剰に亢進しているために、麻酔が効ききにくく、どの歯が痛いのか自分でも分らないというケースはめずらしくなく、レントゲンを撮影してもむし歯の数が多すぎて、どの歯が痛みの主犯なのか判断しがたい場合もあります。

 自閉症スペクトラムの方の中には、痛みと口の中の問題を結びつけて認識できない方が多く、また周囲に言葉で痛みを伝えることもできません。

 食欲がなくなったり、食事のときに顎や頭を叩いたり、手を噛んだりする行動がきっかけとなり、むし歯や歯周病が発見されることがあります。

 言葉によるコミュニケーションに障害がある場合は、「いたい」、「は(歯)」、「くち」、「くちびる」「いいきもち」「かりかり」「じぇっとき(タービン)」「そうじき(バキューム)」「は(歯)のなかのおそうじ」などの「絵カード」や「術式ボード」、写真や文字など、患者さんの特性に合わせたコミュニケーションシステムを発見し、訴えを拾うことが必要になります。

2. 歯科診療への適応
 
 歯科医院は自閉症の人たちが苦手とする騒音やまぶしいライトの光、薬品の刺激臭、身体への接触、水や痛みの刺激に満ち溢れています。(⇒耳栓やイヤーマフ、サングラスなどによる感覚遮断)

 まず一定時間、大きく口を開けていなければならず、身体を動かすこともできません。健常者でも苦痛に感じますが、なぜ自分がそういう目にあわなければならないか理解でききない場合、その恐怖やストレスは我慢できないものになります。

3. 発達障害のある患者さんのお口の問題

・ 歯科治療がうまくうけられないために、むし歯や歯周病の治療が完了しないまま放置されています。

・ 知能に障害のある自閉症の患者さんの場合、異食(picaパイカ、ピカ/異食症parorexia:石炭、土、砂、粘土、チョーク、ガソリン、石鹸、歯磨き粉、布、毛髪、便、自分の唇や腕、タバコの吸い殻、茶殻、また食用のものでも、小麦粉、火を通していないジャガイモ、でんぷん、氷などを食べてしまう)や反芻行動(食後に胃の内容物を吐き出して噛み混ぜ、飲み込むことを1~2時間繰り返す)のために、極端な咬耗や著しい酸蝕が観察されることがあります。


・ 自傷行為(自分の手を噛む、壁や床に頭を叩きつける、唇を噛みとってしまう、髪の毛を抜くなど、爪を咬む、鉛筆を噛む)やパニックのために歯の破折や唇や頬、舌の傷が認められることがあります。

・ てんかんを伴う場合は、転倒や打撲による歯や顔面の外傷、抗てんかん薬(フェニトイン、商品名はアレビアチンやヒダントール)による歯肉増殖症が認められます。


・ 多量の歯磨剤と強すぎる歯磨き(オーバーブラッシング)による歯肉退縮や歯の磨耗

4. 発達障害のある方への全身麻酔下での治療

以上のように発達障害の程度が重ければ、通常の歯科治療のアプローチが困難な場合がありますので、全身麻酔下での歯科治療を行うことになります。

この場合専門の歯科麻酔医による全身管理下で、多数の抜歯や充填治療を一度に行ってしまいます。ただし他の重篤な基礎疾患を伴う場合は、全身麻酔自体のリスクや身体への負担も考慮しなければなりません。

発達障害の特性(多動傾向、パニック、言葉の理解の遅れ、言葉より視覚優位、感覚刺激への反応など)を理解し、絵カードや文字カードなどで歯科治療の必要性や流れを理解させることができるケースでは、通常の歯科治療ができる場合があります。

○ 広範性発達障害の方への治療の工夫は、一般の歯科恐怖症の患者さんへの治療対応にも応用ができるものが多く、そのアプローチ法は大変に参考になります。
 
  経験がなければ、歯科医師もスタッフも後ずさりしてしまい、どう対処していいのか分らなくなりますが、まず大切なことは医療者側がパニックに陥らないこと、保護者が自閉症の状態についてすでに説明を受けている場合は、よく相談しながら治療の流れを決めていくこと、そしてなによりもいつも余裕をもって接し、笑顔を絶やさないこと、小さな工夫の積み重ねが重要になります。

詳細については別の機会に触れる予定でいます。

参考文献:
1.「子供の精神医学ハンドブック」清水將之著 日本評論社 図1
2.厚生労働科学研究平成19年度「発達障害のある方の診療ハンドブック」主任研究員 堀江まゆみ(白梅学園短期大学)
3.「精神疾患・痴呆症をもつ人への看護」小林美子・坂田三允著 中央法規

  4.「歯医者さんを好きになる~自閉症・者のための7つのひけつ」高原牧也 おめめどう