№96「オーラルマネジメントとウェルエージング」その3 
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 №96「オーラルマネジメントとウェルエージング」その3




では実際の「口腔ケア」ではどんなことが行なわれるのでしょうか?

○ 「口腔ケア」の中心は「洗口」と「歯みがき」

 セルフケアが可能な状態は、もし「歯みがき」が不可能な患者さんでも、誤嚥などのリスクがコントロールできるならば「洗口」をしていただくことになります。「洗口」だけでは、歯面に強力に付着しているバイオフィルムを取り除くことはできませんが、お口の中の食物残渣を洗い流す助けやお口の乾燥を防ぐ助けにもなり、また少しでも患者さんの残っている機能を賦活する意味もあります。

 ただし「洗口」回数が頻繁すぎると、唾液の中の蛋白質成分で、粘膜保護作用を持つ「ムチン」を洗い流してしまう結果、お口の乾燥感が却って強調される場合もあり、極端に過剰に行なう必要はありません。

 「洗口」に際して、ポビドンヨード(商品名:「ネオヨジンガーグル」、「ガルナール含漱液」、「イソジンガーグル」、「ポリヨードンガーグル」等々)や過酸化水素水(最終濃度0.3~1.5%)、塩化ベンザルコニウム(最終濃度0.025%以下、商品名「ネオステリングリーン」など)、IPMP(イソプロピルメチルフェノール)含有洗口剤等を使うことにより、洗口の効果を高めることが期待されますが、その抗菌効果は限定的なため、あくまで補助的なものと考えるべきです。

○ セルフケアが難しい場合 清拭と舌苔のケア

大きく口を開けられない方やすぐに誤嚥をおこす方の場合は、洗浄が難しく、粘膜の清拭が必要になります。というのは様々な理由で自浄作用が低下してくると、剥離した口腔上皮が舌背や咽頭部に強固に付着してしまい、痰などの気道分泌と絡み合って、瘡蓋のように口腔粘膜を覆ってしまい、充分な呼吸ができなくなるからです。

この固くなった痰を浮き上がらせて、拭い取ることが口腔ケアの重要なステップになります。

使い捨てのスポンジブラシを用いて拭い取るとやりやすいのですが、我国の厳しく抑制された医療費または介護予算の中では、このスポンジブラシの使い捨て費用さえ負担、吸収できません。

ひとつの方法としては、「クルリーナブラシ」や「モアブラシ」等の使い捨てでない器具を患者さんに購入していただき、複数回使うシステムが考えられます。その場合は清拭に使用した後は、標準的な消毒サイクルを通過させる必要があります。その経費も負担できない場合は、ガーゼや不織布を指に巻きつけるか、止血鉗子でつかんで使用することになります。

○ 舌苔は歯垢(プラーク)とほぼ同じ成分で、細菌性バイオフィルム、舌粘膜上皮残渣と唾液成分などからできています。舌苔のすべてを除去しようと考えるのではなく、軽くこすることにより剥がれるものを取り除く程度を目標とし、必ずしも専用の舌ブラシやタングスクレーパーを使う必要はありません。

○ 物理的清掃効果を高める目的で清掃は加湿下で行い、過酸化水素水、重曹、塩化ベンザルコニウムなどを併用する場合もあります。

○ セルフケアはむつかしいが「洗浄」はできる場合

洗口ができない場合、シリンジ(注射筒)と洗浄針等を用い、20~30CC以上の水量で洗浄すると口腔ケアのレベルを上げることができます。

ただし、誤嚥させない工夫が必要になり、1)水量の調節、2)体位、3)咽頭パック、4)カフ上吸引が可能なチューブの使用、5)洗浄前に口腔内の細菌数をできるだけ減らす、6)吸引方法、などの対策をとります。

1) 水量は洗浄効果のある範囲で少なくします。

2) 体位:可能ならば「起座位で前傾姿勢」をとれば、誤嚥しにくくなりますが、セルフケアが困難な患者さんでは起座位が困難な場合が少なくありません。その場合「側臥位」になっていただき、半身麻痺などのある場合は健康な側を下側にします。
  可能ならば、できるだけ下を向かせ、口角から自然に洗浄水が流れ出し、咽頭に流れ込まないようにします。(前傾側臥位)
  
  頭部後屈位(気道伸展位)は誤嚥しやすくなるため避けます。起座位でも側臥位でも前傾姿勢をとらせることが咽頭閉鎖を容易にするために重要なポイントになります。

  強い猫背の患者さんでは、起座位よりも側臥位で洗浄します。

  実際の「口腔ケア」では、気道が食道よりも上に位置する「仰臥位頚部前屈」で30度くらい半身を起こして洗浄する方法をとることが多く、必ずしも無理に起座位をとる必要はありません。患者さんや術者が安定した姿勢であることも必要になります。

3) 咽頭パック:例えば、歯科治療でタービンを使った切削が必要な場合など、生理食塩水を含ませ、かたく搾ったガーゼを咽頭部に起き、一度に大量の水が咽頭へ流れ込むことを防止する場合もります。(鼻呼吸が可能な場合)

4) 気管内挿管されている患者さんでは、管に付属しているカフ(小さな風船)を一時的に膨らませて(カフ圧を上げて)、気道への流入を防ぐ方法もありますが、少量の誤嚥を防ぐことはできません。カフ上に溜まった洗浄水を吸引する必要があります。

5) 洗浄前に口腔内細菌数を減らす:洗浄前に清拭により、物理的に細菌数を減らし、無理をせずに清拭の最後に洗浄を軽く行なうだけでも効果があります。

6) 吸引:完全に吸引することができれば誤嚥の心配はありません。「使い捨て」の排唾管を吸引器に接続して使用すると効果的です。現在、数種類の吸引機能のある歯ブラシやスポンジブラシが市販されています。

○ ブラッシング 

 歯垢一グラムの中には、一億個の細菌が含まれていると言われ、嚥下性肺炎の原因になります。しかし洗浄や洗口だけで、歯や粘膜の表面に付着している細菌の塊(バイオフィルム)を取り除くことはできません。

 舌苔と歯垢を物理的に歯ブラシやフロス、ブラッシュ&フロス、音波ブラシ、歯間ブラシ、エンドタフト、インタースペースブラシ、ポケットクリーナーなどで取り除くことが大切です。ただし歯垢と異なり、舌苔を完全に取り除く必要はありません。特に大きな手術を受けた患者さんや免疫力の低下した患者さんでは、かなり高度な歯垢除去が必要になります。

○ 出血傾向のある患者さんの口腔ケア

 出血を恐れてブラッシングを行なわない場合、歯肉の炎症が進み、益々出血しやすくなります。この場合、歯肉を刺激せずに、歯肉縁上プラーク、歯肉縁上歯石のみを除去します。ただし感染性心内膜炎を予防するために、抗菌剤の予防投薬が必要な場合があります。
ペリオクリンやペリオフィールなど、ペースト状の抗菌剤の局所投与も有効です。
音波歯ブラシやウォーターピックなどで少しずつ歯垢除去を行い、歯肉の炎症を改善していくようにします。これらの処置は歯周病治療における専門的清掃に準じた内容になり、歯科衛生士など歯科医療専門職の関与が必要になります。

○ 義歯や可撤式ブリッジの清掃 義歯は機械的清掃を行なった後に、義歯洗浄剤による化学的洗浄を行ないます。

コーヌステレスコープブリッジなどの取り外し式のブリッジの清掃は、介護者がまずブリッジの着脱に慣れる必要があり、専門家による説明が必要です。



コーヌスブリッジの取り扱いには注意が必要であり、着脱時に無理な力を加えない、専用の着脱器があればそれを使う、絶対に本体を落さない、変形させない、変形したブリッジを無理に嵌めない、などの注意が必要になります。

コーヌスブリッジの清掃は義歯専用ペーストを用いるか、あるいは水だけで洗浄し、通常の研磨剤入り歯磨きペーストを使ってはなりません。

機械的洗浄が終わった後に、外冠の内側を過酸化水素水などに浸したガーゼで清拭するか、もし可能ならば全体を30%過酸化水素水に5分以上浸漬した後、真水でよく洗浄します。

○ インプラントの口腔ケア

 インプラントを埋入した患者さんの口腔ケアで注意することは、インプラント周囲炎の予防と清掃時にインプラントを傷つけないことです。基本的に通常の口腔ケア用具で清掃しますが、歯間ブラシを使う場合は内部のワイヤーが接触し、インプラント表面を傷つけないように注意し、通常の歯磨剤使用を避けます。

 インプラント上の冠と粘膜の間の隙間を抗菌リンスに浸したブラッシュ&フロスなどで清掃し、もし歯石の沈着が認められる場合は、インプラントを傷つけない専用プラスティックスケーラーで歯石を取り除きます。

 さらに上部構造物である冠がスクリューによって固定されている場合は、数ヶ月に一回はスクリューを外して冠をインプラントから取り外し、インプラント及び上部構造物を清掃・洗浄する必要があり、その取り扱いには歯科医や歯科衛生士の関与が必要になります。

 介護者が誤って、付属のスクリューを紛失あるいは誤嚥させた場合、専門的な治療が必要になり、もはや介護の範囲を逸脱してしまいます。

 インプラント治療が一般化している現在、益々インプラントを埋入してある患者さんの口腔ケアの機会は増しています。基本的にはインプラントを埋入するか、上部構造物を製作した歯科医師が責任を持って最後まで口腔ケアを行なうべきで、自らの仕事の後始末を他人任せにしてはなりません。

 インプラント治療費は高額なものですが、その中には、もし自分が治療した患者さんの介護が必要になったときに、最後までその患者さんを見捨てないという臨床家の覚悟が含まれなければなりません。

○ スタンダードプリコーション(標準予防策)
 
 がん化学療法で免役力が低下している患者さんを含む病棟や、社会福祉施設などでの「口腔ケア」で注意しなければならないことは、「口腔ケア」に携わる歯科医師や歯科衛生士、介護者が媒介者となって、患者さんや要介護者のもつ感染症を他の免疫力の弱い患者さんや入居者に感染させてしまう二次感染を防ぐことです。

 米国疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)は「スタンダードプリコーションStandard Precautions(標準予防策)」として、以下の様な感染予防対策を推奨しています。

 ここで、「スタンダードプリコーション」(Standard Precautions )とは「救急医療や初期医療において、湿性生体物質を全て感染陽性として扱い、その予防策として一定の防護具を使用することを意味しています。

 「湿性生体物質」というのは、血液、唾液、痰、吐物、排泄物などを示しています。社会福祉施設で見られる感染症は施設により異なりますが、多くは市中感染症と異なりません。

 インフルエンザ、結核、疥癬などの感染症、ノロウイルスやロタウイルス、O157のようなベロ毒素を持つ腸管出血性大腸菌(EHEC, enterohaemorrhagic E. coli)などによる感染性胃腸炎などがよくみられます。

 これら感染症の予防には、早期発見が大切ですが、施設内の蔓延を防ぐために、推奨されている標準予防策を実施します。

・ スタンダードプリコーションの基本的な考え方

1. 手洗い

① 一処置一手洗い:血液、体液、粘液、湿疹や傷に接触した場合は、手袋の有無にかかわらず石鹸で手を洗います。(手袋をしている場合は手袋を外して手を洗います。)同じ患者さんの身体の他の部分の処置に移る場合も手洗いをします。洗った手と腕はペーパータオルで拭き取ります。
② 感染症の蔓延が疑われる場合は、ポビドンヨードなどの抗菌剤入り消毒薬で手洗いします。

2. 手袋

①  血液、体液、粘液、湿疹や傷に手が触れる可能性がある場合は、ディスポーザルの手袋を着用し、清潔域や患者さんに触れる前に外して手洗いします。
②  外した手袋は密封した袋に入れて処理します。

3. マスク、ゴーグル、ガウン

① 顔面に咳等による飛沫が予想される場合は、マスク、ゴーグル、眼鏡を着用します。
② 血液、体液、粘液、湿疹や傷への接触が予想される場合は、使い捨てのビニールエプロンかガウンを着用します。

4. 嘔吐物の処理 嘔吐反射の強い患者さんや逆に嘔吐反射が弱く、口腔ケア中に誤嚥を起こし、嘔吐した場合、吐物は以下の手順で片付けます。
 
① マスク、使い捨てビニールエプロンを着用する。
② ゴミ入れにビニール袋(スーパーのレジ袋など)を入れて口を開けておく。
③ できるだけ使い捨ての手袋を着用します。
④ 吐物を捨てていい新聞紙や布で外側から内側に向かい拭い、拭き取ります。かなり広い範囲に飛び散っているので、拭き残しのないように注意します。
⑤ 次亜塩素酸消毒液を50倍に薄めた液(5%濃度の原液を50倍に薄めた場合、0.1%消毒液になります。原液60ml+水=3㍑)をティッシュに染みこませ、ていねいに拭き取ります。
⑥ 液漏れしないビニール袋等に嘔吐物や拭き取った新聞紙等を入れ、0.1%次亜塩素酸ナトリウム液を染みこませ、口を結紮します。
⑦ ビニール袋等に口を閉じた袋を入れます。
⑧ 手袋を裏返して脱ぎ、廃棄します。

・ 様々な全身的合併症を有する患者さんの口腔ケアやターミナルケアを受けている患者さんの口腔ケア、外科手術前後の口腔ケアなどにつきましては、別の機会に譲りますが、下記の文献を参照してください。

 超高齢化社会の進展につれて、社会の歯科診療に求めるニーズも変わり、慣れ親しんだ診療室を飛び出した場面での、一定の水準を保った歯科医療の実践が求められる時代になっています。

 しかし訪問歯科診療や在宅口腔ケアの器材、マンパワー、ノウハウを備えた歯科医療機関の体制は充分でなく、さらなる研鑽や設備投資が期待されるところです。長期に抑制されている歯科医療費の中で、あらたな医療投資を行う余裕はあまりなく、関係者のボランティア的信念のもとに行なわれているのが実情となっています。


参考文献:
1.8020推進財団発行 「入院患者に対するオーラルマネジメント」主任研究者/寺岡加代 分担研究者/岸本裕充 田中義一 角町正勝 内藤克美 大西徹郎 宮城嶋俊雄 瀧本庄一郎 大石善也 足立三枝子 上原弘美 大西淑美 塚本敦美

2.デンタルハイジーン別冊2000「介護保険はじめの一歩」吉田春陽 正田晨夫
3.歯科衛生士 2006 vol.30 「ケアプランニングのための情報収集と分析」
4.「口腔にみられる病原体の光と影」 佐藤田鶴子編集 永末書店
5.「高齢者歯科」全国歯科衛生士教育協議会 監修 医歯薬出版
6.「口腔から実践するアンチエージング」斉藤一郎 編著 医歯薬出版
7.「介護予防と口腔機能の向上」編著 新庄文明 植田耕一郎 牛山京子 大山篤 菊谷武 寺岡加代 
8.「介護予防のための口腔機能向上マニュアル」編著 菊谷武 共著 西脇恵子 田村文誉 建帛社(けんぱくしゃ)
9. 「精神疾患・痴呆症をもつ人への看護」小林美子/坂田三允 著 中央法規