№95「オーラルマネジメントとウェルエージング」その2 
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 №95「オーラルマネジメントとウェルエージング」その2



介護保険の導入とともに、訪問歯科診療を行ない、介護を必要とする患者さんの口腔ケアを行なう必要性と機会が益々増大しています。従来、自分の診療室を訪れる患者さんへの対応には慣れていても、訪問診療は行なっていない歯科医院もあることと思いますが、地域社会の高齢化に伴い、診療室を訪れることのできない患者さんへの効果的な口腔ケア態勢の整備が求められるようになっています。

口腔ケアに取り組むにあたって、まずどのような患者さんにオーラルケアを行なうべきか、ケアが必要なのに周囲が見落とすことがないようにする必要があります。

 意識障害があって自分で口腔清掃ができない人や誤嚥しやすい患者さんなどの他に、セルフケアが可能性であっても、むし歯になりやすい患者さんや全身疾患のために抜歯ができない患者さんなどは、専門家によるオーラルケアの必要な患者さんになります。

 自分の足で医院に通院できる患者さんの中にも、唾液の分泌障害があるために、むし歯の発生がとまらない患者さんや、免疫抑制剤を使用しているために、感染リスクが高い患者さんなどは、積極的な口腔ケアの対象になります。

○ 口腔ケアの必要な患者さんとケアの目的(文献1 P4 表1を改変)

1. セルフケアが困難な場合 

① 意識障害
② 片麻痺や外傷による上肢運動障害
③ セルフケア能力が低い知的障害、精神障害
④ 疼痛のために口腔清掃ができない重度の口内炎
⑤ 乳幼児
⑥ 寝たきりの高齢者

2. 全身疾患の予防、治療

① 誤嚥性肺炎の予防
② 摂食機能の回復による廃用症候群の予防
③ 摂食・嚥下障害の予防と治療
④ 病巣感染の原因になる口腔内病変の予防と治療

 3.歯科疾患ハイリスク群

① 抗コリン作用薬投与、絶食、脱水、GVHD(graft versus host disease移植片対宿主病)による唾液分泌低下
② 糖尿病、再生不良性貧血、(抗がん剤、免疫抑制剤、ステロイドホルモンなどの)薬剤投薬等により感染をうけやすくなっている場合
③ 抗血栓療法、血液疾患、肝硬変、抗がん剤などの副作用などによる出血傾向
④ 頭頚部悪性腫瘍の治療に伴う頭頚部放射線照射
⑤ ビスフォスフォネート製剤投薬歴
⑥ 人工弁、人工関節、中心静脈カテーテルなどの人工物が体内に留置されている場合

  歯科的なハイリスクな患者さんでは、様々な偶発症が起る可能性があります。

① 唾液分泌低下 ⇒ むし歯の多発、歯周病の進行、舌苔の形成、口臭、嚥下困難
② 易感染性 ⇒ 根尖病巣や歯周病、智歯周囲炎の急性発作
③ 出血傾向 ⇒ 歯周病の進行(ブラッシングによる出血や菌血症のリスク、ブラッシング忌避による歯周病の進行)
④ 頭頚部放射線照射 ⇒ 唾液分泌低下、顎骨壊死
⑤ ビスフォスフォネート製剤投薬歴 ⇒ 外科手術後の顎骨壊死
⑥ 人工弁、人工関節、中心静脈カテーテルなどの人工物が体内に留置されている場合 ⇒ 口腔由来の菌血症による、留置物表面の細菌バイオフィルム形成

○ 口腔ケアの難易度 

 口腔ケアの対象となる患者さんの中にも様々な理由で、対応が難しい患者さんが多く含まれています。一般に口腔エアの難易度は、患者さんの協力度、全身状態、口腔の状態により大きく異なってきます。

1. 患者さんの協力度: 一般の歯科治療にも言えることですが、患者さんが治療の必要性と内容をよく理解して、治療に協力的ならば、効率的な治療が可能になります。
しかし口腔ケアを必要とする患者さんの中には、認知症などのためにコミュニケーションがとれない患者さんが含まれ、また意識は清明であっても、口腔ケアに対する理解が得られない場合は著しくケアは困難になります。

2. 全身状態の不良: 口腔ケアの必要性は理解していても、全身状態が不良で不安定なら   ば、口腔ケアは困難なものになります。

・ 疲れやすく短時間しか口を開いていられない。
・ 身体を動かしたり、お口の中を触った刺激で、血圧が変動したり、不整脈が現れる。
・ 球麻痺(延髄の麻痺)、咳反射、嚥下反射の低下などにより誤嚥しやすく、口腔内の洗浄がしにくい。
・ 猫背(円背)が強く仰向けになれない。
・ 止血しにくい。
・ 感染症を起しやすい。

3. 口腔状態の不良:開口制限、出血傾向、口腔乾燥、著しい清掃不足、大量の舌苔、痛みが強い、感染しやすい、強い嘔吐反射・咽頭反射、重度の口内炎や潰瘍などがあると、口腔ケアは困難なものになります。

○ 口腔ケアのアセスメント アセスメント(assessment)とは評価、査定の意味で、一般には「環境アセスメント」などの例で使われています。
 
  口腔ケアのアセスメントは「口腔ケアの計画」を立案するために必要な情報で、

1.口腔内の状態+嚥下機能
2.患者の自立度、協力度

の2点から評価します。

1. 口腔内の状態+嚥下機能の評価

(↑資料1 P13より転載)

・「全国国民健康保険診療施設協議会版 在宅ケア アセスメント票」



2.患者の自立度、協力度

歯磨き、義歯着脱、うがいの3項目について患者さんの自立度、協力度について評価します。

・ 「口腔清掃の自立度判定基準(BDR指標)」

寝たきり度の口腔衛生指導マニュアル作成委員会1993)(文献1P17より転載)


この項目は資料1(岸本裕充、塚本敦美両氏執筆部分から引用)

・以上のように実際に介護保険で口腔ケアを行なう前に、患者さんの口腔内状態、嚥下機能、口腔清掃の自立度を判定し、まず口腔ケア計画を立案する必要があります。

今まで訪問診療における「口腔ケア」を実施していなかった歯科医療機関がコンスタントに訪問歯科診療を行なうには様々の障壁が待ち構えていますが、この「口腔ケア計画の立案」も最初は戸惑う部分だと思われます。

 毎年、定期検診に通院していた患者さんが脳梗塞などのために、通院が困難になることがあり、長年に亘り治療と管理を行なってきた患者さんへの責任から、訪問診療を続けるケースが徐々に多くなってきています。

自分の身体の状態、今までの歯科治療の履歴、家族の状態まで把握していてくれる「かかりつけ歯科医」が、通院できなくなった後も、訪問診療により「口腔ケア」を行なってくれることは、患者さんにとってはとても安心できることです。

歯科医師の臨床寿命には限りがありますが、自分の関わった患者さんのターミナルケアの周縁まで関与し、臨床医としての責任を全うすることは、歯科医師としての一生を振り返るときに充実した満足感をもたらすものだと信じています。

実際の「口腔ケアの」内容については、別項で触れていきたいと考えております。

参考文献:
1.8020推進財団発行 「入院患者に対するオーラルマネジメント」主任研究者/寺岡加代 分担研究者/岸本裕充 田中義一 角町正勝 内藤克美 大西徹郎 宮城嶋俊雄 瀧本庄一郎 大石善也 足立三枝子 上原弘美 大西淑美 塚本敦美

2.デンタルハイジーン別冊2000「介護保険はじめの一歩」吉田春陽 正田晨夫
3.歯科衛生士 2006 vol.30 「ケアプランニングのための情報収集と分析」
4.「口腔にみられる病原体の光と影」 佐藤田鶴子編集 永末書店
5.「高齢者歯科」全国歯科衛生士教育協議会 監修 医歯薬出版
6.「口腔から実践するアンチエージング」斉藤一郎 編著 医歯薬出版
7.「介護予防と口腔機能の向上」編著 新庄文明 植田耕一郎 牛山京子 大山篤 菊谷武 寺岡加代 
8.「介護予防のための口腔機能向上マニュアル」編著 菊谷武 共著 西脇恵子 田村文誉 建帛社(けんぱくしゃ)
9. 「精神疾患・痴呆症をもつ人への看護」小林美子/坂田三允 著 中央法規