№92「Child Abuseとdental neglect」児童虐待と歯科の役割 
本文へジャンプ 6月30日 
 ホーム  お口の話歯のハナシ


 №92「Child Abuseとdental neglect」児童虐待と歯科の役割 

 インドに棲息するハヌマンラングールは、前のボスが支配していたハーレムを奪い取ることに成功すると、前のボスの遺伝子が入っている子供のハヌマンラングールをすべて食い殺してしまいます。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:(http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/27/Semnopithecus_spec_Rajastan.jpg

同様の「適応型の子殺しadaptive infanticide」と呼ばれる現象は、アフリカやタンザニアのライオンの群れやイルカの群れでも観察され、その目的は、メスの子育てを強制的に断絶させることで、その発情期間を前倒しさせ、自らの遺伝子を持った子供を早く産ませるためではないかと言われています。

しかし乱婚・交雑性の社会構造をもっているチンパンジーにも「子殺し」が起こる理由は充分に説明されていません。

 2007年度に長野県内5箇所にある児童相談所と市町村が受けた児童虐待相談の件数は、1203件で、前年度より15%増加しています。市町村への相談件数は25%増えましたが、深刻な事例を扱う児童相談所への相談件数は2年連続で減少しており、県では「児童虐待への社会的関心が高まり、深刻化する前に相談する人が増えている」と説明しています。
(2008年5月30日信濃毎日新聞より引用)

 児童相談所分の相談事例の内訳は、「身体的虐待」が37%、食事を与えない、必要な医療を受けさせないなどの「保護の怠慢・拒否(ネグレクト)」が34%、「心理的虐待」が24%と発表されています。

 全国的な平成18年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は37343件で、平成10年頃から徐々に増加しています。


(厚労省ホームページよりhttp://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/07/h0710-3.html


 虐待と子殺しの境界は曖昧で、ひどい虐待を繰り返しているうちに、死に至らしめることがあります。

 しばしば報道される、離婚後、同棲した同居人が前夫の子供を虐待の末に犯す殺人は、ある意味、ハヌマン型の子殺しと言えるかもしれません。

 実子殺(filicide)は昔から認められる現象で、日本史の裏面には陰惨な子殺しの歴史があります。(子殺しは別に日本だけで起っているわけではなく、例えば古代ギリシア神話やローマ神話でも繰り返し語られるテーマであり、上古から行なわれてきた人類学的な慣習と言えます。)

飢餓や戦乱で親が生き延びるために行なわれる実子殺や、あるいは一定の生活水準を保つために行なわれる嬰児殺(間引き)の慣習、親が自殺するときに子供を道連れにする無理心中などはしばしば繰り返されました。

菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)において、菅家断絶をもくろむ藤原時平(ふじはらのしへい)の企てで、菅原道真の遺児菅秀才(かんしゅうさい)は首を切られることになりました。松王丸(まつおうまる)は菅秀才を助けるために、わが子である小太郎を身代わりにしますが、時と場合によれば恩義のために、実子を殺すことが美談として語り継がれることもありました。

何年もの間、苦しく大変な不妊治療を続けても、なんとかわが子を授かりたいと願う人々がいる一方で、抵抗できない子供を心理的・身体的に虐待し、時には死に至らしめる親が絶えることがありません。

未来を担う子供たちを、心身ともに健全に育て、その可能性を誠意一杯開花させてあげることは、親だけでなく社会全体の重要な義務でありますが、経済的な格差の拡大や社会的な閉塞感、現実からの逃避・孤立、生命感覚の喪失、家族関係の崩壊などが要因となって、その人権が容易に踏みにじられ、逃げ場のない虐待や扶養放棄が行なわれやすくなります。

できるだけ初期の段階で虐待の芽を摘み取り、深刻なトラウマによる人格への悪影響や凄惨な事件を予防することが社会的に求められています。しかし虐待の多くは、当事者による深い自覚がないままに、社会から隔てられた閉鎖環境で密かに行なわれています。そのためなかなか外部からは窺い知れない場合が多く、虐待される子供達に救いの手が届くことはむつかしくなっています。



(写真はフリー素材集http://www.ashinari.com/より転載)


虐待する親の側にも、正当な躾けの一環であって虐待しているという意識がないことが多く、養育権の問題もあって、周囲が踏み込んでいくことがためらわれる場合がほとんどです。

しかし虐待は親の側の意識の問題でなく、虐待を受けている子供の側の心身の状態から常に判断されるべきです。親が躾けと思っていても、子供の肋骨が折れていたり、必要な医学的な治療がなおざりにされていたり、情緒の発育に重大な障害をもたらしているようなら「虐待」と判断して社会が介入し、その子供を救わなければなりません。

正当な権威を持つ専門機関が虐待の有無を速やかに判定し、場合によっては養育権の取り上げ、親の処罰と矯正を行い、虐待された子供の心身の回復を図る必要があります。

○ 歯科医療と「児童虐待(child abuse)」との関係

 歯科医療はその性質上、普段は外部の目から隠された口腔内を診る領域であるため、文字通り隠れている虐待の痕跡に遭遇する機会をもっています。

 歯科医師としての所見が児童や生徒の人権を擁護し、虐待の早期発見と介入への契機になる可能性を持っています。
(参照:「Dental And Orofacial Aspects Of Child Abuse/児童虐待における歯科顔面領域の様相」http://dentalresource.org/topics12.htm ) 

 「子供たちは我国の最も価値ある資源です。それにもかかわらず、児童虐待はいまだに若年層の傷害や死の深刻な原因であり続けています。
アメリカでは1997年には、ちょうど100万人の子供が児童虐待や養育放棄の犠牲者になっていました。
肉体的な虐待のうちおよそ65%のケースで、頭部や頚部、顔面に傷がついています。したがって、医師と歯医者は児童虐待の検出、処理、および報告で重要な役割を果たしえます。

 児童虐待は子供の、肉体的及び情緒的な健康と発育を危うくするか害するあらゆる行為であると定義されています。養育放棄は児童虐待のうちおよそ55%のケースで生じます。

歯科医療におけるネグレクトは、両親や保護者が、痛みや感染、機能障害の原因となる子供の歯科疾患を、わざと見逃すか無視することにより起ります。」

○ 虐待を受けている子供に認められるかもしれない徴候
・ 目を合わせない
・ 両親や保護者への過剰な気遣い
・ 触られることへの恐怖
・ 不穏当な言葉
・ 季節に合っていない衣服
・ 気分易変性
・ 自殺試行歴
・ 家出経歴

○ 虐待を受けている子供に認められるかもしれない徴候
・ 目を合わせない
・ 両親や保護者への過剰な気遣い
・ 触られることへの恐怖
・ 不穏当な言葉
・ 季節に合っていない衣服
・ 気分易変性
・ 自殺試行歴
・ 家出経験歴

○ 虐待を受けている子供に認められるかもしれない医学的、社会的な特徴
・ Low family income
・ 説明に矛盾のある負傷
・ 医療機関受診の遅滞
・ 子供の特定の訴え
・ 慢性疾患
・ 早産を繰り返す母親
・ 極端に社会から隔絶した場所での生育歴
・ 明らかに周囲と異なる外見
・ 特殊な要求をもつ子供
・ 極端に厳格な両親の養育
・ 虐待されている子供は、正常な成育歴の子供に比べ未治療のむし歯の数が8倍多い。


○ 児童虐待の内科的・歯科的徴候
・ 網膜の出血(Retinal hemorrhage)揺さぶられっ子症候群(shaken baby syndrome.)
・ 度々の打撲による切歯の破折(Fractured incisors - may be due to repeated trauma.)
・ 熱い食べ物の給餌による唇の火傷(Burns on lips - due to forced feeding of hot food. )
・ おしゃぶりの使用による唇の損傷
・ 乳児への強制的な給餌による小帯損傷
・ 性的な虐待により生じた口腔や口腔周囲の梅毒や淋病(Oral or perioral syphilis or gonorrhea (pathognomonic of sexual abuse).)
・ 外陰部尖形コンジローム(性的虐待を暗示しています。)
・ 口蓋の点状出血か紅斑(性的虐待を暗示しています。)
・ 咬み痕(衣服を着ていても65%は外から観察することができます。)
・ 治癒過程の異なる複数の打撲痕


(写真はフリー素材集http://www.ashinari.com/より転載)

○ 色で複数の打撲傷の時間経過を判定する。
・ 打撲後0~2日 腫れと痛み
・ 打撲後2~5日 赤色⇒青色
・ 打撲後5~7日 緑色
・ 打撲後7~9日 黄色
・ 打撲後9~日  茶色⇒痕が消える。

○ 咬み痕の判定と証拠としての記録
・ 大人によりつけられた咬み痕は、犬歯間幅径が3cm以上あります。
・ 小児や若年者によりつけられた咬み痕は、犬歯間幅径が2.5~3cmです。
・ 蒸留水によって潤された綿棒は、咬み痕に残っている唾液かDNAを抽出するのに使用されます。
・ 咬み痕のカラー写真撮影(咬み痕に対して垂直に撮影します。)
・ すべての咬み痕の写真には比較用にモノサシを写す。
・ 少なくとも1個のクローズアップ写真に識別票をつけておく。
・ 咬み痕の印象を残すことは、落ち着いている子供の咬み痕に対する最良の方法。
・ 印象はポリエーテルラバーで行い、正確な石膏模型を制作しておきます。
・ 頬の粘膜や舌に残っている精液はコットン綿花で採取しておきます。
・ 法定分析に挺出するすべての証拠品は、厳しい証拠管理を行なう必要があります。

児童虐待に苦しむ先進国であるUSAでは内科医とともに歯科医が、Child Abuseの発見や予防に一定の役割を担っています。

○ アメリカにおける児童虐待対策


(写真はフリー素材集http://www.ashinari.com/より転載)

アメリカでは50州のすべてで、内科医と歯科医は児童虐待と養育放棄が疑われるケースに出会ったら、社会福祉事務所(social service)か法的執行機関に報告書を提出するように求められています。

報告書の目的は、身体的虐待、性的虐待と歯科治療放棄(dental neglect)の口腔と歯に表れる徴候を再調査することと、虐待評価における内科医と歯科医の役割を果すことにあります。

この報告書は、咬み痕(bite marks)の評価と同じくらい、口腔内や口腔周辺の受傷、感染、疾患の評価が、児童虐待や養育放棄を気づかせてくれることを語りかけています。

内科医は口腔の健康、受傷、疾患に対しては最小限のトレーニングしか受けていませんので、児童虐待や養育放棄の歯科領域に表れる徴候を、口腔以外の身体の他の部分に表れる徴候を見つけるほどには簡単には見つけだせないかもしれません。

それゆえ、内科医と歯科医は、児童虐待や養育放棄を予防、発見、治療しやすくする協同研究を支援されています。

・ 身体的虐待(PHYSICAL ABUSE)

頭蓋・顔面・頚部の損傷が児童虐待の半分程度で起ります。

児童虐待と養育放棄を疑うすべてのケースで注意深く綿密な口腔内と口腔周辺の検査が必要になります。

さらに、すべての児童虐待や養育放棄の犠牲者であることが疑われる児童は、州の保護下にあるか養護施設にいる子供を含めて、口腔外傷の徴候ばかりでなく、むし歯や歯周疾患、その他の歯科的な問題についても注意深く検査されるべきです。

幾人もの権威者は、口腔は、口腔がもつコミュニケーションや栄養摂取における重要性から、身体的虐待の重要な焦点であるかもしれないと信じています。

口腔外傷は、強制的な給餌中にスプーンやフォーク、ボトルなどの器具や手や指、高温の液体、腐食性物質により与えられた可能性があります。

虐待は打撲痕や火傷、舌、唇、頬粘膜、口蓋、歯肉歯槽粘膜、上唇小帯の擦過傷、及び歯の破折、位置異常、脱臼または顔の骨や顎骨の骨折をもたらしているかもしれません。

ある研究によれば、(※1)唇は口腔受傷が最もよく認められる場所であり(54%)、次いで口腔粘膜、歯肉、歯、舌の順で受傷します。

変色した歯や歯髄壊死の既往は、以前に外傷を受けた結果であるかもしれません。

猿轡をされた場合、口角に打ち傷、擦過傷、裂傷が残るかもしれません。

いくつかの深刻な口腔外傷では、例えば喉の奥の外傷(後咽頭部外傷posterior pharyngeal injuries)や咽後膿瘍(retropharyngeal abscess)などは、医療扶助を得るために、喀血やその他の症状に見せかけるために、介護人が与えた故意の傷害の可能性があります。

傷を与えた介護人の意図や動機にかかわらず、すべての故意の外傷は捜査機関に報告されなければなりません。

虐待による外傷と故意でない事故による口腔や身体への外傷は、受傷タイミングや原因を含む受傷の状況、及び傷の状態と子供の発育途上の能力との間に矛盾しない説明があるかどうかにより識別されなければなりません。


 複数の傷、治癒段階の異なる傷、事実と食い違いがある説明があれば、虐待の徴候に気づくべきです。知識のある歯科医による診察、またはそのような歯科医への紹介が役立ちます。


・ 性的虐待(SEXUAL ABUSE)




口腔は子供に対する性的虐待の常習的な場であるにもかかわらず、目に見える口腔の傷や感染があることはまれなことです。

口腔と生殖器との接触が疑われるとき、包括的な試験を行う準備がなされている専門医療機関への紹介が勧められます。

全米小児科学会の声明「子供の性的虐待の評価におけるガイドライン」(※2)はこれらの検査の情報を提供しています。

特殊な培養技術と確証を得るための検査により診断された、学童の口腔及び口腔周辺の淋病(ガナリーア:gonorrhea)は性的虐待の医学的証拠になりますが、性的虐待を受けているかどうか評価される少女にその症状が認められることはきわめてまれです。

咽頭の淋病はしばしば無症候性です。

口腔と生殖器との接触が履歴や検査結果により強く確信されるとき、口腔性感染症がないかどうかの普遍的なテストを実施すべきかどうかは論議を呼んでいます。

つまり臨床医は、そのようなテストを行なうべきかどうか、リスクファクター(例えば慢性の中毒者や性病を保有する加害者などの危険性)と子供の臨床像を考慮すべきです。

  ヒト乳頭腫ウイルスの感染は口腔や口腔周囲の疣をもたらすかもしれませんが、感染機構は不確実で論争の余地が残っています。ヒト乳頭腫ウイルス感染は口腔と生殖器との接触による性病かもしれませんし、出世時の母子感染かもしれませんし、他の子供や介護者の生殖器や口腔に触った手による性的でない感染かもしれません。

 説明できない口蓋の傷や出血斑(petechiae)、特に軟硬口蓋の境界にある傷や出血斑は強要されたオーラルセックスの証拠である可能性があります。

 すべての児童虐待か性的虐待が子供で疑われる場合か、または診断される場合は、調査のために児童保護サービスまたは警察機関にケースを報告しなければならなりません。

 子供と家族のための総合的な児童虐待評価が開始されるべきです。

 直近に、性的虐待を受けた履歴のある子供は、精液やその他の攻撃により生じる異物を検査するための特別な法的な検査を必要とするかもしれません。

 もし犠牲者が口腔と生殖器との接触経験を情報提供する場合は、頬粘膜と舌を滅菌された綿花で拭い、その綿花を乾燥した状態で、適切に保管して、分析機関に送る必要があります。

 専門的な病院と診療所はそのような材料を集めるのに適し、調査に必要な証拠を保管する最も良い手続きと経験豊富な人材を揃えています。


・ 咬み痕(BITE MARKS)

鋭利な咬み痕や治りかけの咬み痕は虐待の徴候であるかもしれません。

 法歯学医として訓練された歯科医は、そのような咬み痕が性的虐待と関係があるかどうかの検査や評価において検察医を助けることができます。

 斑状出血(ecchymoses)、すり傷(abrasions)、裂傷(laceration)が楕円状または卵型をしたパターンで認められるとき、咬み痕を疑うべきです。

 咬み痕は斑状出血(ecchymoses)の中心に、①小血管の破断を伴う噛みつきによる圧力、または、②吸いつきや舌の前後運動によりもたらせた陰圧、による2種類の現象を表わすかもしれません。

 咬み痕は犬やその他の肉を引き裂く傾向をもつ肉食獣によっても与えられますが、人間が咬んだ場合、肉を圧迫して斑状出血、すり傷、裂傷、挫創を与えることはできますが、多くの場合、組織を引きちぎることまではできません。

 犬歯間の距離が3セントメートル以上の場合、人間の成人によりつけられたことを示唆しています。

 歯科医が用意されない場合、バイトマークのパターン、サイズ、輪郭、および色は法歯学者か法病理学者によって評価されるはずです。

 どちらの専門家の手もあかないならば、児童虐待外傷のパターンを経験した医師か歯科医師が、識別票のついたスケールマーカー(定規)を写しこんだ写真を撮影し、咬み痕の特性を観察して、記録するべきです。写真は、ひずみを避けるために、咬み痕の真上で垂直に撮影しなければなりません。

 咬み痕の測定のための専用の定規が、アメリカ法歯学協会 (ABFO)により開発され販売されています。(⇒http://www.abfo.org/

 すべての咬み痕は、その写真による証拠保全に加えて、DNAを含む分泌物を綿花で拭い取った直後に、ポリビニールシロキサン印象を行い形態を記録します。

 この印象は、咬み痕の立体的なモデルを提供します。写真撮影と印象採得は少なくとも3日間繰り返し行なわれます。

 各人には独特の咬み痕パターンがあるので、法廷の歯科医は虐待を疑われる被疑者の石膏模型を被害者の咬み痕か写真に合わせることができます。

 唾液の中には血液型を示す成分が分泌されています。口腔上皮細胞由来のDNAが咬み痕に残っている可能性もあります。もし唾液と細胞が乾いている場合はダブル・スワブ・テクニック(double-swab technique)で資料を採取します。

 最初に、蒸留水によって潤された無菌綿棒を用いて、問題とする場所を拭いて、乾かして標本保管チューブに保存します。子供の皮膚の無関係な場所から3番目の対照試料を入手するべきです。迅速な分析のためにすべてのサンプルを公認された法医学研究所に送るべきで、証拠保全の手順に関する情報は警察機関で得ることができます。

・ デンタルネグレクト(DENTAL NEGLECT)



 デンタルネグレクトは、アメリカ小児歯科学会により、「親や保護者が、子供が治療の必要性があるにもかかわらず、痛みや感染や機能障害があっても、口腔の健康レベルを保つための歯科受診を意図的に行なわせないこと」と定義されています。

 むし歯や歯周病やその他の口腔疾患は、未治療のまま放置されると、痛みや感染、機能の喪失を起こします。これらの望ましくない結果は、学習やコミュニケーション、栄養摂取に、また正常な成長と発育に必要な他の活動に悪影響を与えます。

 初めて歯科を受診した児童のうちの何人かは、ボトルカリエスやナーシングカリエス("infant bottle" or "nursing" caries)と呼ばれる深刻な多発性カリエスを患っています。

 そのような場合を児童保護サービスに報告する必要性を決定する際に、適切な知識を持っている介護者による故意の受診怠慢と、子供が歯科治療を必要としている知識のない介護者による受診怠慢とを区別しなければなりません。

 適正な歯科治療を受けさせない怠慢は、孤立した環境下の家族、経済的困窮、親としての無知、歯科的健康観の欠如の結果であるかもしれません。

 両親が、子供の健康状態について、また必要とされる治療の内容について、さらに、その治療を受けるための方法について、ヘルス・ケアの専門家により適切な警告を受けた後にも子供の治療状況が改善されない場合、親が怠慢であると判断し、介入を始める段階がやってきます。

 多くの家族は、歯科治療を受けさせることが難しいか、または彼らの子供のための医療保険に加入していないので、臨床医は、養育の怠慢が起こったかどうか考えるとき、子供にとって、歯科治療が容易に利用可能であって、アクセスしやすいものかどうか判断しなければなりません。

 内科医と歯科医は、介護者が子供の病気とその影響についての説明を充分に理解していること、また、医療を受けるための障害があるときには、必要なサービスに関しての奨学制度、輸送手段、または公共施設を見つけるため家族を助けることに確信を持っていなければなりません。

 両親は、適切な鎮静剤や麻酔薬の使用により、歯科治療中の子供の安らぎが保たれることを保証されるべきです。

 これらの努力にもかかわらず、両親が子供に治療を受けさせない場合は適切な子供の保護機関に報告することになります。

○ 日本大学総合科学研究所の教授、赤坂守人氏は、子供虐待が起きる背景として以下の諸点を挙げています。(「児童虐待」に対する学校歯科医の役割と対応 日本学校歯科医会会誌 92号 2004年12月号)

《子供虐待の背景》

子育て不安を抱える親は、いわば虐待予備軍とも言える。子育て不安の背景には、
① 社会的要因 
 核家族化、少子化、近隣関係の希薄化、情報の氾濫。子育て中の母親が破壊から孤立し、密室の中で子供と密着した関係になる。

② 母親へのサポート要因
 夫や家族が母親の子育てに対し、批判的、非協力である場合。特に子育て不安の強い母親の場合、父親の存在が見えないことがある。

③ 母親自身の要因
  母親が性格的に不安を持ちやすく、あるいは精神・心理疾患を持っている。
 若年で親として未成熟な状況。子供に対して過剰な期待をもつなど、子育てに不安となる。

④ 子供側の要因
 低出生体重や発育の遅れなど、ハイリスク児であって、育てにくい要因を持っている。

○ 歯科医師が虐待を疑わせるケースに遭遇した場合、これを児童相談所または福祉事務所への通告義務が法的に定められています。
(「児童虐待の防止等に関する法律」http://www.ron.gr.jp/law/law/gyakutai.htm

しかし実際に通報するとなると、よほどの確証がなければならず、特に虐待にくらべ、ネグレクトは判定がむつかしいものと思われます。

 例えば、離婚された母親が一人で家計を支えている家庭の場合、例え、子供に多発性カリエスがあったとしても、ネグレクトと判定するべきでしょうか?


(写真はフリー素材集http://www.ashinari.com/より転載したもので、本文とは一切関係ありません。)


むしろ母子家庭の子供に満足な医療を受けさせることのできない政治と行政のネグレクトと言うべきだと思われます。

 虐待児147名を調査した結果によると、2歳児の平均むし歯数は一般の7倍、永久歯の11歳児で2.7倍であって、特に治療率が著しく低いことが判明しています。

二世、三世、四世の世襲議員が、五流の政治を占有している一方で、生まれた時から必要な医療を受ける権利や心身の安全を脅かされている子供たちがたくさんいるのが現実の日本の姿です。

未来を託す子供たちが、分け隔てなく、その才能や可能性を開花できる教育や医療が確保されることは、文明を持つ国の最低限の条件であり、そのような国をつくることが政治家の第一の責務ではないでしょうか。


※ 1 Naidoo S. A profile of the oro-facial injuries in child physical abuse at a children's hospital. Child Abuse Negl. 2000;24 :521 –534
※ 2 Kellogg N, American Academy of Pediatrics, Committee on Child Abuse and Neglect. The evaluation of sexual abuse in children. Pediatrics. 2005;116 :506 –512

参考文献:
1.「Oral and Dental Aspects of Child Abuse and Neglect」
Nancy Kellogg, MD and the Committee on Child Abuse and Neglect http://aappolicy.aappublications.org/cgi/content/full/pediatrics;116/6/1565
2.「Dental And Orofacial Aspects Of Child Abuse」http://dentalresource.org/topics12.htm