90「メタボの夜は憂愁のうちに更ける」内臓脂肪症候群と歯周病の微妙な関係
本文へジャンプ 6月24日 
 
 90「メタボの夜は憂愁のうちに更ける」内臓脂肪症候群と歯周病の微妙な関係

                        

 患者さんの生活習慣指導の中で、一番苦手なのが、「メタボリックシンドロームと口腔疾患」です。

内臓脂肪が増えるにつれて、歯周病が進みますよ、メタボリックシンドロームを改善すれば、歯周病治療の効果が上がりますよと言いたくても、「先生、患者に色々言う前に、まず自分がその腹周りをへこましたら」と言われそうで、怖くて強気に出ることができません。
学生時代はあんなにスリムだった自分が、いつの間にか、メタボ街道の真っ只中をのた打ち回っているなんて、「少年老い易く学成り難し※1」という朱子(近年異説あり)の言葉が身に沁みます。

 さて冗談はさて置き、財団法人「ぼけ予防協会」が2008年3月に発行した「メタボリックシンドロームと口腔状態との関連に関する調査研究事業報告書」(@)によれば、男性では高血圧、HDL(※2)、コレステロール、糖代謝が歯周病と統計学的に関連性が認められ、女性では肥満が歯周病と関係があることが判明しています。

           

 (上図は資料@より引用。血圧がメタボリックシンドロームの血圧基準にある群の歯周ポケットは深い。)
 

                

(上図は資料@より引用。HDLコレステロールがメタボリックシンドロームのHDL基準にある群の歯周ポケットは深い。)

             

(上図は資料@より引用。男性の場合は、空腹時血糖がメタボリックシンドロームの空腹時血糖基準にある群の歯周ポケットは深いが、女性は逆に歯周病の症状が軽い。)

                 

(上図は資料@より引用。女性では特に肥満があると歯周病の症状が重いことが分ります。)
ただし、リスク因子の集積化からメタボリックシンドロームと関係があると判断されるグループそのものと歯周病との明らかな相関関係は認められなかったそうです。

            

 今回の調査は、岩手県、花巻市、大迫の外川目地区在住の55歳以上の男性88名、女性165名の合計253名を対象に行なわれたそうですが、まだ調査対象とした母集団が少し小さいかもしれません。今後の同様の調査の進展を待つ必要がありそうです。(長野県でも全県民を対象に調査中です。)

         


 ○ この調査で用いたメタボリックシンドロームの診断基準(国際糖尿病連盟IDFの診断基準)

ウエスト周囲径が男性90cm、女性80cm以上に加えて、
家庭血圧125/80mmHg以上または降圧剤服用中。
中性脂肪(トリグリセリド)150mg/dL以上または高脂血症治療中。
HDLコレステロール 男性40mg/dL、女性50mg/dL未満または低 HDLコレステロール血症治療中。
空腹時血糖100mg/dL以上または2型糖尿病。
の4項目中2項目以上を満たす。

厚生労働省の調査(平成16年 国民健康・栄養調査)によると、現在の日本の40〜74歳では、男性の2人に1人、女性の5人に1人が、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)が強く疑われる者又は予備群と考えられ、 およそ940万人がメタボリックシンドロームの診断基準に該当し、 1020万人がメタボリックシンドロームの予備軍に当てはまります。

メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準の1つである腹囲が男性85cm、女性90cm以上の者は、未満の者に比べ、血中脂質、血圧、血糖のいずれかのリスクを2つ以上有する割合が高く、少ない運動習慣、偏った食生活、強いストレスなどが原因で脂肪を溜め込み、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患の発症リスクに曝されています。

 
(厚労省ホームページhttp://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/h0508-1a.htmlより転載)

 ○ストレスとメタボリックシンドローム 
 最近、特に言われていることは、慢性的な強いストレスがメタボリックシンドロームの成立に強く関わっている点です。

ロンドン大学のTarani Chandola氏らが、14年間、ロンドンの公務員を調査した結果では、ストレスが強いほどメタボリックシンドロームの発症が多くなる相関関係があり、慢性ストレスのある人は、そうでない人に比べ2倍発症するとしています。
 持続するストレスは、自律神経系と神経内分泌機能に直接影響し、メタボリックシンドロームを引きおこす可能性があると考えられています。

 私ども、歯科医師も様々のストレスに曝されていますので、もともと肥満しやすい素因を持っているとすぐに内臓脂肪が溜まり、アテローム性脂質代謝異常、高血圧、インスリン抵抗性、易血栓性および易炎症誘発性を合併しやすくなります。

 業界周囲の同僚を見回しても、メタボ仲間の多いことにうんざりしますが、まず患者さんに道を説く前に、自分の健康を取り戻す必要があると反省しています。

 最近、岡田斗司夫氏の『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書227)がベストセラーになっています。一年間で50キログラムの減量に成功した方法は、口に入ったものをすべて記録し、カロリー計算をするというマニアッックな方法です。




 本来、体重を一定に保とうとする仕組みが人体にはあるはずなのですが、ストレス解消などの理由から、血糖が低下することによる本当の食欲がなくても、なんとなく食べ物を口に入れてしまう習慣が肥満につながっています。脳により修飾されていない純粋に生理的な空腹感という身体の内部情報を正確に捉える能力が復活し、お腹の空いたときに必要とされる量だけしか食べないことが可能ならメタボにはなりません。

 星新一氏のショートショートの名作『肩の上の秘書』では、オウムの形をした万能通訳ロボットが人々の肩の上に乗っている社会を描いています。そこでは誰も直接相手に話しかけ、相手の言葉を直に聞くことはなく、オウムに向けて本音でしゃべったことをオウムがソフィスティケートされた婉曲的な表現で相手に伝える役目を果たしています。

 例えばセールスマンがオウムに『この商品を買えよ。』と呟くと、オウムがお客に向かって、最大限の気配りをしながら、模範的なセールストークを行なうわけです。

このオウムのような携帯器機が開発されて、何かを食べようとすれば、自動的に『この水餃子のカロリーは800キロカロリー、本日のリミットを越えているのでやめたほうが無難です。それから宴会が終わった後に駅までは歩いて帰ったほうが、明日の心筋梗塞の発症リスクを0.12%下げることができます。テーブルの向かい側に座っているあの人は、今日はあなたの強力なストレッサーとなる可能性があるので、近づかないほうが良いでしょう。』などと囁きかけてくれれば、何回もダイエットに失敗している人でも成功するかもしれません。

外食産業ですべての料理の器にカロリー表示が組み込まれ、予め身長、体重、体脂肪量などのデータを入力したLSIカードを近づけると食べていいかどうか判断してくれるようになったら、便利かもしれません。

 もっともこのような外力に頼っているうちは絶対にメタボから抜け出すことは不可能ですが‥

【語彙】
※1 朱子(朱熹)「偶成」
少年易老学難成
一寸光陰不可軽
未覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声
少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

※ 2HDL:高比重リポ蛋白、high density lipoprotein。善玉コレステロールとも呼ばれ、血管壁に溜まったコレステロールを回収して肝臓に運び、動脈硬化を予防します。これに対し、LDL(低比重リポ蛋白、low density lipoprotein)は肝臓のコレステロールを身体の隅々まで運び、LDLが多すぎると動脈硬化が進むと言われています。コレステロールにはこの他、very low density lipoprotein(VLDL、超低比重リポタンパク)とcylomicron(カイロミクロン、乳び脂球)があります。

参考文献:
1.「メタボリックシンドロームと口腔状態との関連に関する調査研究事業報告書」財団法人「ぼけ予防協会」
2.「いつまでもデブと思うなよ」岡田斗司夫著 新潮新書
3.「悪魔のいる天国」星新一著 新潮文庫