75 「むし歯予防デーの秘密」6月4日の記憶
本文へジャンプ 5月23日 
  

 今年ももうすぐ、6月4日から、歯科医師会の年間最大のイベントである「歯の衛生週間」がやってきます。



  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「むし歯予防デー」の歴史は意外と古く昭和3年(1928年)に当時の厚生省、文部省、日本歯科医師会により「歯の衛生に関する正しい知識を国民に対して普及啓発するとともに、歯科疾患の予防に関する適切な習慣の定着を図り、併せてその早期発見及び早期治療等を徹底することにより歯の寿命を延ばし、もって国民の健康の保持増進に寄与することを目的」として始められ、昭和33年(1958年)からは厚生省により6月4日からの一週間が「むし歯予防週間(歯の衛生週間)」として定められ、様々の啓蒙活動が行なわれています。

 ちなみに昭和3年といえば、関東軍の河本大作大佐等により張作霖爆殺事件が引き起こされ、関東軍を文民統制することが徐々に困難になり、日本が第二次世界大戦への傾斜を強めていく契機になった年でした。奇しくも、この「満州某重大事件」が勃発したのが1928年6月4日でした。

「むし歯予防デー」があるのに、なぜ「歯周病予防デー」がないのか?

はたまた「顎関節症予防デー」も設けたほうがいいのではないか?などと主張される方々も中にはいらっしゃいます。

これは「むし歯予防週間(歯の衛生週間)」が過去の「むし歯の洪水」と言われた時代、つまり昭和30年代、「もはや戦後ではない」と経済白書(昭和31年、1956年)に記載された時代の所産であるという歴史的背景があるからです。

 歯周病も顎関節症も社会的な注目を集め始めたのは、せいぜいここ15年くらいの間であり、OLの方々がお昼休みに歯磨きをいっせいに始めたのが10年くらい前から、その上司の半分くらいが歯磨きを始めたのが2〜3年前からであり、口腔衛生思想に関してはようやく日本もOECD「Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構」のファウンデーションメンバー(foundation member欧州16か国)並みになってきたと言える段階です。

 しかしまだ我国におけるデンタルフロスの普及率は低く、何も自覚症状がなくても一年に2回以上、「かかりつけ歯科医」のもとでオーラルヘルスチェックを受け、PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning歯科医師か歯科衛生士による機械的清掃)を受けられている方は数パーセント程度に止まっています。

 平成17年11月に第9回目の「平成17年歯科疾患実態調査結果の概要」(⇒http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/06/h0602-2.html)が実施されました。(以下の図表は厚労省資料より引用)

この調査は昭和32年から6年ごとに実施されており、今回は、全国を対象として、平成17年国民生活基礎調査により設定された単位区から無作為に抽出した300単位区内の世帯及び当該世帯の満1歳以上の世帯員を調査客体としており、今回の被調査者数は4,608人(男1,927人、女2,681人)でした。

20歯以上有する者の割合

調査によれば、20歯以上の歯を持つ人の割合は調査ごとに徐々に増え、80歳以上で20本以上の歯を持つ人は昭和62年には10%未満であったのが、平成17年には29.4%に迫ろうとしています。

歯科医師会の推進する8020運動についてお聞き及びの方も多いものと思いますが、これは20本以上歯が残っていればミキサーにかけない普通食を食べることができるため、生活のクオリティーが保たれるものとして、80歳で20本の歯を残すことを目標に定めています。

平成20年現在、8020の達成者が80歳以上の3人に一人弱いるものと推定されます。口腔疾患が原因となる全身状態への影響を考えると、これから益々後期高齢者の残存歯のケアや誤嚥性肺炎などに対する対策を強化する必要があるものと思われます。

  一人平均現在歯数

 今まで歯科医師会は歯を残すことに力を傾注してまいりましたが、残した歯の健康にどのような方法でかかわったらよいか考えていかなくてはなりません。高齢者は常用する様々な抗コリン作用を持つ薬剤の影響で唾液分泌が低下し、歯茎のむし歯が再発しやすく、またお口の自浄性が低下するために歯周病も進行し、歯周病菌による様々な全身への影響が現れやすくなります。

 高齢者の場合、より頻繁な専門家によるメンテナンスやフッ素製剤の使用が必要となり、予備力の低下や次第に通院ができなくなるディスアドバンテージにどう対処すべきか、課題は山積みされています。

  4mm以上の歯周ポケットを持つ者の年次推移

 一方、歯周病にかかっている人のピークは55歳から64歳にピークがあります。定年が近づいてくるときに、老後の生活設計を心配するとともに、定年後のセカンドライフを健康に楽しむためにも、「かかりつけ歯科医」によるきめ細かなオーラルヘルスチェクが必要になります。

歯磨き状況(平成17年)

 現在の日本人で、歯を磨かない人はほとんどいませんが、一日1回という方が半数近くをまだ占めていることは驚きです。日本の口腔衛生を向上させる妙薬は「キスの文化」を導入することかもしれません。(感染症という別の問題が生じますが‥)

  「病気や障害による社会的な負担を減らし、国民の健康寿命を延長して、活力ある持続可能な社会を築く」ために平成12年に「健康日本21」が制定されました。

「健康日本21」はその中で、「13歳でう蝕有病者率が90%を越え、55〜64歳で歯周病の有病者率が82.5%となるなど、依然、歯科疾患の有病状況はう蝕、歯周病ともに他の疾患に類を見ないほど高率を示している。また、咀嚼能力に直接的な影響を与える歯の喪失状況についても、60歳代で半分(14歯)の歯を失い、80歳代では約半数の人がすべての歯を喪失しているなど、国民の保健上から依然として大きな課題である。」と指摘しています。

さて長野県歯科医師会では県民のお口の健康を守るために、本年も「第25回長野県民よい歯のコンクール」を開催し、5月20日に予備審査、6月5日に口腔内審査、面接審査を行なった上で、「母と子の部」、「障害者施設の部」、「高齢者の部」に分けて優れた口腔健康保持者を表彰します。(11月20日「ハッピーながの8020推進県民大会」の席上で、長野県知事賞、長野県歯科医師会長賞を授与します。)

本年はもう申し込み時期が過ぎてしまいましたが、来年度は、我こそはという方は応募なさってください。詳細は⇒http://naganokenshi.or.jp/event/documents/25konkul.pdf

各地域歯科医師会でも、無料歯科検診など、「歯の衛生週間」に因んだ各種イベントを企画しています。この際、ご家族全員でお口の健康を考え直す機会にしていただければ幸いに存じます。

県民の皆様に直接接することができるこのような無料健診や、衛生講話、講演会などのイベントは、参加する私たち歯科医師や歯科衛生士、歯科衛生助手、歯科技工士などの業界当事者にとっては、地域のお口の健康を守り、向上させるという本来の職業上の使命を再確認できる場であり、日々の公衆衛生活動の集大成でもあります。

お口の健康に対して、県民の方々が何を考え、何を要望されておられるか、受益者のニーズをダイレクトに捉え、社会に貢献できる職業人としての喜びを実感できる学びの場でもあります。

毎年、若い先生もベテランの先生も額に汗をして、懸命に活動される姿を拝見すると、長野県の歯科医療の未来が明るいものであることを実感できます。

今後とも、県民の皆様のご理解とご協力を得てイベントが形骸化することなく、真に県民に資するものであるべく、一層の努力を重ねていきたいものと考えています。