bU1 「私は乾く」ドライマウスに苦しむ4
本文へジャンプ 4月28日 
 唾液腺マッサージ

川端康成氏が1955年から1956年にかけて朝日新聞に連載した小説に「女であること」があります。

 「女であるということは、じつに奇妙な、不純な複雑ななにかであって、どんな形容をもってしても、それを現わすことができない。いろいろな形容を用いると、それらがたがいにひどくむじゅんしあって、女ということでなければ、こういうむじゅんにたえられまいと思われる。」

 本来は細菌やウイルス、がん細胞、異種蛋白質など自分ではない非自己を攻撃する筈の免疫システムが、自らの身体の細胞や組織を攻撃してしまうのが自己免疫疾患です。

 女性は男性より長い平均余命を持ち、胎児を自分の子宮で育て、産むという生命の再生産能力を持つかわりに、慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの各種の膠原病に罹患しやすい宿命を持っています。

 川端師の喝破するように、女性であること自体が男という単純な動物にはとうてい理解できない、複雑性と矛盾を孕んでいるのかもしれません。

 シェーグレン症候群もそんな女性の宿業のひとつと言えるのでしょうか?

 ○シェーグレン症候群(Sjogren syndrome)

ドライマウスの10%はシェーグレン症候群とされています。

シェーグレン症候群は中年女性によくみられる、唾液腺と涙腺をターゲットとした臓器特異性を有する自己免疫疾患で、全身的な臓器病変を伴う慢性炎症です。

@ シェーグレン症候群の分類

@原発性シェーグレン症候群 

A. ドライアイや口腔乾燥のみの症状をもつタイプ 約45%
B. 諸臓器病変を合併するタイプ(諸臓器の炎症、高γグロブリン血症(※3)など)約50%
C. 悪性リンパ腫や原発性マクログロブリン血症(※4)を発症しているタイプ 約5%

A二次性シェーグレン症候群 慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、強皮症、皮膚筋炎(※5)、混合性結合組織病(※6)などの膠原病に合併するタイプ。

A 推定患者数: 10万人〜30万人

B 発症のピークは50歳代。男女比は1:14で女性に多く、慢性関節リウマチ患者の20%に合併しています。

C 原因:自己免疫疾患で、遺伝や女性ホルモン、ウイルスなどの複合要因により起こるとされています。

D シェーグレン症候群の症状:主な症状は口と目の渇きです。他に消化器系症状、皮膚の乾燥、関節痛、リンパ節腫脹などが起こることがあります。

A. 目の乾燥(ドライアイ):目がコロコロする、目が充血する、まぶしい、悲しいのに涙が出にくい、目が痛い。
B. 口の乾燥:口が渇く、のどが渇く、唾が出ない、摂食時によく水を飲む、口が渇いて話しづらい、食べ物の味が変わった、口の中が乾く、唇のびらん、口内炎、舌痛、治しても治してもむし歯が多発する。
C. 鼻腔の乾燥:鼻が乾く、鼻の中にかさぶたができる、鼻血が出やすい
D. その他:唾液腺の腫脹と痛み、息切れ、発熱、関節痛、脱毛、肌荒れ、夜間頻尿、湿疹、レイノー現象(※7)、日光過敏症、膣の乾燥
E. 全身症状:疲労感、記憶力の低下、頭痛、めまい、気持ちを集中できない、うつ傾向
E 診断 1999年厚労省診断基準:

(1)口唇小唾液腺の生検組織でリンパ球浸潤がある。」
(2)唾液分泌量の低下がガムテスト、サクソンテスト(※8)、唾液腺造影、シンチグラフィーなどで証明される。
(3)涙の分泌低下がシャーマーテスト(※9)、ローズベンガル試験(※10)、蛍光色素試験(※10)などで証明される。
(4)抗SS‐A抗体(※11)か抗SS‐B抗体(※11)が陽性である。

この4項目の中で2項目以上が陽性であればシェーグレン症候群と診断されます。

F口腔乾燥症の治療
 
 残念ながら唾液腺の障害を完全に回復するようなドライマウスの治療法は開発されていません。

○口腔乾燥症の治療
@食生活や日常生活の注意:ビスケットやクラッカーなど乾燥した食べ物、辛い食べ物、アルコール飲料を避ける。禁煙も大切です。ビスケットやクラッカーを食べる時は、予め水や紅茶などに浸してから口に入れるようにします。

またむし歯が多発しやすいので、砂糖を含む飲み物や食べ物をできるだけ避け、ミラノールやMIペーストなどむし歯予防剤を使用し、丁寧で正確なプラークコントロールを行なう必要があります。

皮膚の乾燥している場合、石鹸やボディーシャンプーの使用、頻繁な入浴、皮膚を強くゴシゴシこする洗浄は症状を悪化させます。強い日光も避けてください。

 歯科医院で定期的に専門的機械的清掃を受け、フッ素塗布を行なうことも大切です。

 規則正しい生活を送り、安静と十分な睡眠を摂り、バランスのとれた食事に注意し、食後に丁寧なプラークコントロールを行なってください。

A薬物治療

薬物治療としては、塩酸セビメリン※1(商品名サリグレンカプセル30mg、エボザックカプセル30mg)などの唾液分泌促進剤を使うか、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)や麦門冬湯(ばくもんどうとう)、五苓散(ごれいさん)などの漢方薬を使います。

 このとき、舌痛症など、乾燥に伴い舌の痛みを強く訴える場合には『修治ブシ』を使います。

ちなみに『ブシ』は附子、つまりトリカブト※2(ハナトリカブト+オクトリカブト)の塊根からつくった薬のことで、猛毒のアコニチンの他、メサコニチン、ジェサコニチン、ヒパコニチン、アチシンなどを含み、鎮痛、強心利尿作用等を有しています。

『修治』というのは毒性を弱めることで、加工附子はオートクレーブで高圧蒸気加熱をすることにより、毒性の強いジエステル型アルカロイドをモノエステル型アルカロイドに変換して弱毒処理しています。また炮附子は塩水や苦汁に漬け込んだ後、加熱して修治しています。

 この他、可能ならば、医科と相談して、原因となっている投薬を変更していただくか、
対症療法として口腔保湿剤(「オーラルバランス」など)を用います。うがい薬、口腔スプレー、人工唾液なども用い、筋機能療法や唾液腺マッサージも併用します。

 心理的なストレスが原因となっている場合は、心療内科的な治療が必要となります。

将来、再生療法が応用され唾液腺の再生が可能になれば、根本的な治療法になるものと期待されます。

B口腔周囲筋の強化と唾液腺マッサージ 

唾液腺の中を通過する血流量が増えれば、唾液の分泌量は増えますが、口腔周囲筋の活動が低下し、血流が悪くなると、唾液の分泌量は減ってしまいます。

一日中、あるいは一週間、さらに一ヶ月以上も誰とも話す機会がない人がいます。孤老と呼ばれる状態で、後期高齢者医療制度で、新たに自己負担分を少ない年金からさらに天引きされたために、益々余裕がなくなり、外出もままならなくなっています。

人と話さないために、口腔周囲筋を使う機会が減り、それにつれて唾液腺の活動性も減り、唾液の分泌量が減っていきます。

さらに高齢者は身体の水分バランスが不足しても、自覚症状が出にくいために、水分量が減り、ますます口の中が乾きます。

せめて歯科診療室を訪れていただき、孫のような若い歯科衛生士と世間話など楽しみながら、お口の周りの筋肉の活動性を向上させるトレーニングや唾液腺に物理的刺激を与えて唾液分泌を促す唾液腺マッサージを楽しんでください。

○ 口腔乾燥症の筋機能療法の一例と唾液腺マッサージの例




※ 1 塩酸セビメリン:唾液腺に分布するムスカリン性アセチルコリン受容体を刺激し、細胞情報伝達系のイノシトールリン脂質代謝回転を亢進して、唾液分泌を促進します。副作用として消化器系症状(吐き気、腹痛、下痢、嘔吐)と発汗、頻尿があります。

消化器症状はマレイン酸トリメブチン(セレキノン)の併用で予防することができます。

※ 2 トリカブト: 7月から9月にかけて、よく常念岳などの登山道等にたくさん自生しています。花言葉は『厭世家』や『人間嫌い』、『美しい輝き』。

※ 3 高γグロブリン血症:(hypergammagloblinemia)免疫グロブリンはB細胞の産生する抗体のこと。

血清蛋白質は1.水に溶けない蛋白質(コラーゲン、ゲラチン、エラスチン)
      2.水に溶ける蛋白質(アルブミン、αグロブリン、βグロブリン、γグロブリン)に分かれ、γグロブリン(免疫グロブリン)はIgG(免疫グロブリンG)、IgM(免疫グロブリンM)、IgA(免疫グロブリンA)、IgD(免疫グロブリンD)、IgE(免疫グロブリンE)に分かれます。


すなわち高γグロブリン血症は、免疫グロブリンが異常にたくさん産生される病気で、膠原病、各種骨髄腫、慢性肝炎、肝硬変、原発性マクログロブリン血症などで起こります。
※ 4 原発性マクログロブリン血症:(primary macroglobulinemia):細胞が形質様細胞まで分化した段階で腫瘍化したものであり、IgMのMタンパクを単クローン性に産生して血液が過粘稠症候群を呈する。

※ 5 皮膚筋炎:筋組織に対する自己免疫疾患と推定されています。

※ 6 混合性結合組織病:(Mixed Connective Tissue Disease: MCTD)自己免疫疾患の一種と考えられる病気。レイノー現象、手の腫脹、強皮症様症状、筋炎のような症状、全身性エリテマトーデスのような症状、肺高血圧症、無菌性髄膜炎、10%に三叉神経障害(三叉神経領域がピリピリします。)が認められます。

※ 7 レイノー現象:寒冷刺激や精神的緊張によって起こる手指の蒼白化現象。血管の一時的な攣縮(れんしゅく:血管が一次的に細くなる現象)による。

※ 8 サクソンテスト:2分間ガーゼを噛ませ、ガーゼが吸収した唾液量を計測します。2g/2分間以下だと唾液分泌能が低下していると判断します。

※ 9 シャーマーテスト:小さな(35mmほどの)ろ紙をまぶたに挟んで目を閉じたまま、5分間でどのくらいろ紙が涙で濡れるかを調べるものです。正常ならば5mm以上濡れる。

※ 10 ローズベンガル試験、蛍光色素試験:赤い色素(ローズベンガル)や蛍光色素(フルオレセイン)で眼球の表面を染め、生体顕微鏡(スリットランプ)で眼球前面の傷や凹凸状態など表面の変化を調べます。

※ 11 抗SS‐A抗体、抗SS‐B抗体: 抗SS-A/Ro抗体は、シェーグレン症候群(Sjogren syndrome)患者血清中に見いだされた自己抗体です。抗SS-B/La抗体は、シェーグレン症候群に特徴的な自己抗体。

参考文献:
1.日歯生涯研修ライブラリー0708「唾液腺・口腔腺マッサージ」大阪大学教授 阪井丘芳
2.「今日からあなたも口腔漢方医」チェアサイドの漢方診療ハンドブック 王宝禮・王龍三著 医歯薬出版株式会社
3.難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/044.htm
4.「女であること」川端康成 新潮文庫