№58 「私は乾く」ドライマウスに苦しむ その1
本文へジャンプ 4月25日 
 
 №58 「私は乾く」ドライマウスに苦しむ その1

口渇く 枯野に白い石据わる  
(句集「広場」脇坂公司 著 より引用)

2000年前にゴルゴダの丘で磔刑に処せられたイエスは、最後に「私は乾く」そして「終わった(完了した)」と言ったと伝えられています。

• 「渇き」は「飢え」よりも苦しいと言いますが、喉の渇きならぬ口の渇きである口腔乾燥症(ドライマウス)に悩む人々は年々増加する傾向にあり、日本全体で3000万人、人口の25%が何らかの口腔乾燥症(ドライマウス、ゼロストミア)の症状を持っていると言われています。

実際には、唾液の分泌が低下したために、歯茎の多発性のむし歯や口内炎、舌炎、味覚異常、お口の痛みなど、様々の症状が出ているにもかかわらず、病気に気がついていないか、自覚症状があっても、特に手をうっていない方がほとんどであり、ドライマウスの効果的な治療法やどこに行って相談したらよいのかなど、その実体はあまり知られていません。

唾液は様々な重要な生理作用を発揮しています。




1. ドライマウスの症状

① 異常な乾燥感:とにかく口が渇く。
② 口腔の不快感:口の中がネバネバする。
③ 上部消化器障害:上部消化器とは口腔・食道・胃・十二指腸・膵臓・肝臓・胆嚢のことで、上部消化器症状として、患者さんは胸やけ、酸を飲んだような感じ、逆流感、げっぷ、悪心・嘔吐、腹部膨満感、夜間や空腹時の上腹部の痛み(心窩部痛)、周期的不快感、食欲不振などを訴えます。4週間以上このような原因不明の症状が続く場合、いわゆるNUD( ノンアルサー ディスペプシアNon-ulcer Dyspepsia潰瘍の認められない消化不良、非器質的上腹部不定愁訴群)と呼んでいます。原因はストレスによる自律神経失調症状である場合が多いのですが、唾液分泌量の低下によっても起こります。

唾液の中には、アミラーゼ(※1)やリパーゼ(※2)などの消化酵素やIgA(※3)、IgG(※4)、ラクトフェリン(※5)、リゾチーム(※6)、などの抗菌因子やペルオキシダーゼ(※7)などの抗酸化物質、パロチンなど成長ホルモンが含まれています。つまり唾液は消化を助け、胃の負担を軽くし、細胞の異型化を防ぎ、消化器粘膜の修復を促進する役目を果していますので、唾液が不足すると胃に負担がかかり、萎縮性胃炎などにかかりやすくなると言われています。

④ 口臭:唾液の抗菌作用、自浄作用が及ばなくなり、細菌が増えるために強い口臭が生じます。
⑤ 摂食・嚥下障害:クラッカーやお煎餅が飲み込めない。
⑥ 誤嚥性肺炎:夜間、無意識に唾液が肺に入る不顕性誤嚥(マイクロア.スピレーション)を起すことにより口腔内常在菌(嫌気性菌)による感染症を起こします。
⑦ 感染症:誤嚥性肺炎の他、カンジダ症などにかかりやすくなります。
⑧ 舌痛症:唾液の中にはムチンなどの潤滑作用を持つ蛋白質が含まれていますので、唾液が少なくなると舌は舌表面のヒビ割れなど機械的損傷を受けやすくなります。また成長ホルモン不足による修復能力の低下も起こります。
⑨ 多発性むし歯:唾液の再石灰化作用が失われるために、歯茎や隣接面のむし歯になりやすい。
⑩ 歯周病:唾液の自浄作用、抗菌作用が働かないために歯周病菌が増殖する。
⑪ 粘膜疾患:
⑫ 味覚異常:味覚が変わった。

医療は「治す」ことももちろん大切ですが、それよりも患者さんに必要なことはまず「癒す」ことであるとされています。

ドライマウスもまさに「癒す」医療が必要とされる面を持っていますが、医療従事者の適切な対応により、患者さんの感じていらっしゃる苦痛を軽くすることができます。

2. ドライマウスの原因
 様々の原因が複合している場合が多く、
 ①シェーグレン症候群
②ストレス
③唾液分泌を妨げる作用を持つ薬物
④唾液腺の老化による萎縮
⑤口腔周囲筋の筋力低下
⑥口内から咽頭領域の放射線治療
⑦脱水(水分摂取不足や、糖尿病、発熱、下痢)
⑧糖尿病
⑨腎疾患
⑩尿崩症
⑪口呼吸
⑬ 開咬・上顎前突や口唇欠損による口唇閉鎖不全
⑭ 夜間口腔乾燥
⑮ 脳血管障害

唾液分泌の低下がむし歯や歯周病、粘膜疾患の原因になっている患者さんは、毎日診療室を訪れます。歯科診療で唾液の持つ意義は重大であり、しばらくの間、口腔乾燥症を通して唾液について再考してみたいと考えています。

詳細は次稿から触れていく予定でいます。


※ 1 アミラーゼ(Amylase):膵液や唾液に含まれる消化酵素。デンプン中のアミロースやアミロペクチンを、グルコース、マルトースおよびオリゴ糖に分解します。
※ 2 リパーゼ(Lipase):胃液や膵液、唾液に含まれ、脂質のエステル結合を加水分解する酵素。
※ 3 IgA:ヒト免疫グロブリンA。グロブリンは抗体のこと。IgAはヒト免疫グロブリンの10~15%を占め、IgA1とIgA2に分かれます。前者は唾液、血清、鼻汁、母乳中に含まれ、後者は腸液中に多く含まれます。抗原や病原性細菌が粘膜上皮に接着することを阻止しています。
※ 4 IgG:ヒト免疫グロブリンG。ヒト免疫グロブリンの70-75%を占め、血漿中に最も多い抗体。ウイルス、細菌、真菌など様々な種類の病原体と結合し、補体、オプソニンによる食作用、毒素の中和などによって生体を守っています。遅発性の食物アレルギーの原因になります。
※ 5 ラクトフェリン:母乳や涙、唾液、粘膜からの分泌液に含まれる抗菌因子。細菌やウイルスの繁殖を抑制し、乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌を増やします。ナチュラルキラー細胞などの免疫細胞を活性化させ、免疫力を高める効果も持っています。
※ 6 リゾチーム:涙、鼻汁、唾液に含まれる細菌の細胞壁を破壊する溶菌酵素。
※ 7 ペルオキシダーゼ:体内に過剰に発生した活性酸素を抑える抗酸化物質。