№134「歯科診療に潜む50の魔物」

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№134「スワイン・フルと歯科治療」




 5月7日現在、新型インフルエンザ(豚インフルエンザH1N1)の感染者が世界中で増え続け、24の国と地域で2108人以上の感染者が確認され、メキシコとアメリカで44人の死者が確認されています。(共同通信による)

近日中に、WHOがパンデミックを示すフェーズ6に入ったことを認定する可能性が徐々に高くなっています。

CDCなどの発表によると、60歳以上の感染者はほとんど見られず、感染者の大半は18歳以下であり、60年前に今回の新型インフルエンザウイルスと似たようなウイルスが流行していた可能性があるかもしれないという推測が出ています。

今回のウイルスは通常の季節性のインフルエンザより毒性が低いと言われていますが、毎年のインフルエンザに対しては大半の人が基礎免疫を持つのに対し、新型インフルエンザに対しては、若年層は免疫を持っていないために感染が広がりやすく、今後、総感染者数が増えるにつれて重篤化するケースが出現するのではとされています。

また糖尿病や腎機能障害のある人では重症化しやすく、咳や高熱などの自覚症状に気がついたらすぐに治療を受ける必要があります。

通常のインフルエンザでも昨年690人以上の人が国内で死亡しているわけで、インフルエンザ自体、あまり楽観視することは賢明ではありません。

もともとインフルエンザウイルスは8つのパーツに分かれた分節状の遺伝子(インフルエンザウイルスの場合はRNA一本鎖)がエンベロープ(鞘)蛋白質に包まれている構造で、細胞質(サイトゾル)内に注入された遺伝子が内部でバラバラになり、組み換えが起きやすい性質があります。

実際、今回のH1N1ウイルスは豚由来のインフルエンザウイルス、鳥由来のウイルス、ヒト由来のウイルス、計4種のウイルスが組み合わさってできている複雑な構造を持っていることが分ってきています。

1918年から1919年にかけて世界中に蔓延したスペイン風邪は今回のものと同じ弱毒性のH1N1型のウイルスですが、全世界で死者4000万人~5000万人、我国でも当時の人口5500万人に対して、当初39万人、最近の研究によれば48万人の死者が出たのではないかと言われています。

スペイン風邪の場合、最初の発生は1918年3月頃、シカゴで起ったとされ、この第一波は第一次世界大戦(1914年~1918年)のアメリカの欧州戦線への参戦(1918年5月~)に伴い、1918年5月~6月にヨーロッパで蔓延しました。

ウイルスは1918年の8月15日に西アフリカ、シエラレオネのフリータウンで高病原性を獲得して第二波となり、世界中で猛威を振るい多数の死者が発生しました。

スペイン風邪の第三波は1919年春から秋にかけて流行し、日本での死者はこの時が一番多かったとされています。

当時はウイルスの分析技術が発達していなかったのですが、1997年にアラスカの凍土の中から当時の死者が発掘され、その遺体に残っていたウイルスゲノムの解析によりその詳細が判明しました。(出典:ウィキペディア)

平成21年5月7日現在、日本で疑われた症例は従来型のソ連A型ですが、スペイン風邪が発生から5ヵ月後に強毒性型に変異したことを考えれば、決して安心できる状態ではないと言えるのではないでしょうか?

今回のインフルエンザウイルスに対するワクチンが有効数製造できるまでには少なくとも半年必要だとされていますが、まだ病原性が弱い今の間に十分な感染予防対策を行う必要があります。



○ 歯科医療と新型インフルエンザ

目の前で患者さんが咳き込めば、その飛沫は周囲2メートル以上に広がるとされていますから、歯科診療室で感染予防を行なうことはかなり困難になります。

したがって、本当に国内がパンデミック状態に突入したときは、状況を掴むまで、一時的に地域の歯科診療室を閉鎖することも選択肢だと思われます。

どうしても激しい痛みや急性症状のある場合は、指定医療機関の陰圧を保てる閉鎖診療室で治療することになるでしょう。

しかしこの状態は長くは続かないと思われます。つまり現在の弱毒性ウイルスの段階でワクチンが製造できれば、冬頃にはかなり医療現場に行き渡ると期待できるからです。また感染しても全員がダウンするわけではないので、症状が消退した歯科医療者は免疫を獲得後に安心して診療に当たることができます。

1. 高熱のある人、咳が続く人、下痢が続いている人は症状が改善してから歯科診療を受けてもらう。

2. 待合室や診療室の湿度を50%以上に保ち、充分な室温調整を行う。

3. プラズマクラスターなど、ウイルスを無力化する空気清浄器と診療中の飛沫を吸引する口腔外バキュームを使用する。

4. 患者さんも医療関係者も頻繁にお茶(カテキン)で口を漱ぐ。5秒間でウイルスが死滅するとされています。

5. 汚染した器具はオートクレーブ等で滅菌するか焼却する。

6. 高機能マスクを着用し、使用後は注意深く廃棄する。

7. ゴーグルタイプのメガネをかけ、フェースシールドを使い、使用後に消毒する。

8. 使い捨ての診療衣を使い、使用後には診療室内で廃棄し、診療室外へ持ち出さない。

9. 診療室内で飲食を行なわず、手指で顔や髪を触らない。手洗いを必ず行い、当然のことですが、患者さんごと、治療内容ごとに使い捨て手袋を必ず使い捨てる。(ベイスンタイプの手洗いやタオルは使用せず、紙タオル等で清拭する。)

10. 一人の患者さんを診療したら、診療用チェア表面を覆うディスポのカバーを廃棄・交換し、消毒する。

11. 医療者に症状が発現した場合は、必ず診療を休む。

12.感染に負けない体力を保ち、睡眠や栄養バランス、基礎疾患のコントロールに充分に注意する。妊娠しているスタッフはパンデミック中、診療室に入らせないことが大切です。(胎盤にも感染するから)

以上がとりあえず今、思いつく対策ですが、いずれにしてもその場面になって初めて分ることがたくさんあるような気がします。幸い問題が深刻化するとしたらまだ数ヶ月余裕があると思われますので、智恵を出してこの危機を乗り切っていく必要があります。

大山鳴動してネズミが一匹も出てこなかったというのが一番理想的ですが、用心するに越したことはありません。