№114「生体のロバストネスとフラジリティー」The Great Depression(大恐慌)の予感
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           №114「生体のロバストネスとフラジリティー」The Great Depression(大恐慌)の予感



 恐怖が恐怖を呼び、疑念が疑念を掻き立て、人々が明るい未来を信じることができなくなったとき、市場が崩壊する日がやってきます。

今、戦後最大の経済恐慌がすぐ目の前まで迫っているのではという予感に世界が怯えています。

29日、本来ならブッシュ大統領を支えるべき立場の共和党下院議員の2/3が反対投票を行なったため、アメリカ金融安定化法案が否決され、市場は失望売りに見舞われ、ダウ平均株価は777ドル安という史上最大の下落を演じました。

上位400社のトップの平均年収は15億円と従業員の400倍以上であり、たとえば破綻したリーマンブラザーズのCEOであったリチャード・フルド氏は5165万ドル(約55億円)の年収を得ていました。普段は破格の役員報酬を貪り、困ったときは公的資金注入という税金投入を要求する超富裕層への選挙民の反発が強く、同法案に賛成した場合選挙区に帰ることはできないと考えた下院議員が多かったためと言われています。

ニューヨーク市場の暴落は、世界中に連鎖し、日経平均株価は一時前日比580円安、アジア新興国市場、ヨーロッパでも軒並み同時株安となり、欧州でも破綻懸念のある金融機関に公的資金を注入する動きが報じられています。

サブプライムローンに始まった市場の混乱は、欧州及び世界に伝播し、世界金融恐慌に発展する懸念が強まっています。世界の株式の時価総額は過去最高だった2007年10月末に比べ、実に2000兆円目減りしていると言われます。
(アメリカや欧州、日本がダメでも中国やドバイは経済的に切り離されているから大丈夫というデカップリング論もありますが、昨年10月時点からの下落率は中国61.5%、ロシア46.2%、香港42.5%、シンガポール37.3%、イタリア36.3%、インド35.2%、アルゼンチン34.3%、日本32.7%、フランス32.7%、韓国29.9%、アメリカ25.6%で、世界中がリンクしていることが分ります。)

29日、麻生新首相は所信表明演説で「日本経済は全治三年」と断じましたが、どんな手段を講じても、少なくともあと3年間は浮かぶ瀬はないわけで、大半の国民の苦しみは増すばかりです。

破綻したサブプライムローンから派生した一連のできごとを考えるとき、最新の金融工学で武装し、精緻に進化した筈の現代のキャピタリズム(資本主義)も人類を救済できる究極の経済システムには程遠いのではという疑念が湧いてきます。

そもそも、あるシステムが外的、内的擾乱に対して安定して機能するためには、そのシステム自体にロバストネス(Robustness)と呼ばれる安定化機構が組み込まれている必要があります。

ロバストネスは幅広い擾乱に対して、対応できる能力を指し、ロバストネスがないとそのシステムは簡単に機能を停止してしまいます。このようなシステムの不安定性のことをフラジリティー(Fragility)と呼ぶそうで、金融システムや組織だけでなく、組織としての生命体にもロバストネスは求められます。

2007年11月にダイヤモンド社から発行された「したたかな生命」(北野宏明・竹内薫著)を読む機会がありましたので、一部を紹介させていただきたいと思います。

○ ロバストネス(Robustness)とは何か?









本書によれば、『ロバストネスというのはシステムの特徴で、「システムが、いろいろな擾乱に対してその機能を維持する能力」』であり、内乱(システムの構成要素が壊れたり、ノイズが発生したりすること)と外乱(システムを取り巻く環境の変動)に対抗する力です。

生命システムや宇宙船や航空機などの複雑な工学システム、大きな会社組織など、あらゆる持続可能なシステムには、外部環境や内部環境が変化したときに、その変化に対応してシステムの混乱と崩壊を避ける仕組みがあります。

たとえばアポロ宇宙船にはアポロ誘導コンピューター(Apollo Guidance Computer(AGC))が組み込まれ全航行機能を自動制御していましたが、このコンピューターには地上の管制業務に使われたものよりも、性能は低くあまり微細化しない半導体素子が用いられています。

これは宇宙線による素子の劣化や動作不良を防ぐためで、機能をある程度犠牲にしても耐放射性を有し信頼性の高い素子を選んでいます。ちなみに性能面から言えば、当時のコンピューターよりファミリーコンピューターのほうが処理速度は10倍、メモリーは100倍程度あります。

処理速度だけを優先したマシンは地上の平穏な環境ではその性能を発揮するでしょうが、過酷な宇宙空間ではすぐに作動しなくなってしまいます。

素子の動作不良がとりかえしのつかないシステムの破壊につながる宇宙空間で、最新鋭の素子ではなく、信頼性を追及したレガシーマシン(従来型の機種)を採用する考え方は、システムを守るための仕組み、つまりロバストネスのひとつの手段になります。

コンピューターを複数系統にし、それぞれが他のコンピューターの異常を監視する仕組みもロバストネスであり、万が一コンピューターが作動しなくなっても手動で着陸できるような準備をしておくこともロバストネスになります。

ただしどんなに強いロバスト(robust)なシステムでも、あらゆる擾乱に対応できるものはなく、ロバストネスとフラジリティー(脆弱性)は表裏一体のものであり、ある目的のために最強のロバストネスを有するシステムを設計したとしても、予想しない外部・内部環境の変化に見舞われた場合にはそのフラジリティーが顕在化すると言われています。

このロバストネスにすれば必ずフラジリティーが現れる関係をトレードオフと呼び、すべての擾乱に対してロバストなシステムは存在しないとしています。

恐竜は三畳紀に爬虫類の一部から進化し、中生代にその繁栄を極め、一億六千万年の間地球の食物連鎖の頂点にいましたが、大部分が白亜紀末期に絶滅しました。他の生物を圧倒し、地上を我が物顔で歩き回り、多様な進化を遂げた恐竜がなぜ絶滅したのかは、諸説あるものの確定されていません。

巨大隕石の衝突説、気候の変動説、海退説、火山活動説、マントルプルーム上昇説など様々の説がありますが、結果として分っているのは、大きく強く、他の生物を圧倒するロバストなシステムが未知の擾乱にはその脆弱性を曝したということです。結局、同様の環境変化に合いながら生き残ったのは、よわよわしい小型の両生類や爬虫類、哺乳類なわけですから、恐竜というシステムそのものが決定形なフラジリティーを孕んでいたと考えられます。

多細胞生物が出現したベント紀以来、原生代末(約5億4500万年前のV-C境界)のエディアカラ生物群の絶滅、古生代のオルドヴィス紀末(約4億3500万年前)の大量絶滅、古生代のデボン紀後期(約3億6000万年前)の海洋生物の絶滅、古生代後期のペルム紀末、P-T境界(約2億5千万年前)の歴史上最大の大量絶滅、中生代の三畳紀末(約2億1200万年前)の大量絶滅、白亜紀末のK-T境界における約6500万年前の大量絶滅など今までに地球上の生物は5回の大量絶滅と他の数回の規模の小さな絶滅を起しています。

そして現在、つまり完新世において、繁栄する人類の活動により、数百年間という地質学的年代感覚から言えば、一瞬の間に地球上の生物種の50%の大量絶滅が起きつつあります。繁栄を極めている人類にとっては、その文明が持つ他の生物種を圧倒するロバストネスの陰に、システムが特定方向にだけ極端にロバストにデザインされた結果、予想しなかったフラジリティーが潜在していることを実感できていません。

「今そこにある危機(Clear and Present Danger)」は従来思い至らなかった、予想もできない形で出現し、瞬時の間に人類を絶滅させてしまう可能性があることにそろそろ覚醒すべきではないでしょうか?




○ ロバストネスを向上させる四つの方法(頁40~)



1. システム制御
2. 耐故障性
3. モジュール化
4. デカップリング(バッファリング)

1. システム制御: フィードバック制御、特にネガティブフィードバック制御が基本となり、システムの現在の状態と望まれる状態との差を入力にフィードバックして、その差を修正する方法が用いられます。

生物におけるネガティブフィードバック制御の例として、血糖値がある値より下がり脳や免疫系細胞が糖を必要とすると、膵臓ランゲルハンス島のα細胞からグルカゴン(glucagon)が分泌され、肝臓のグリコーゲンの分解とアミノ酸からの糖新生を促進させるために、血糖値が上昇する例や発汗による体温の調節などが挙げられます。

他にもこれから起る変化を予測して事前に対応するフィードフォワード制御や変化を拡大するポジティブフィードバック制御があります。

ふつうポジティブフィードバック制御は回路が暴走してしまうので、これを排除するように設計されるのですが、生体においては、炎症を他の免疫細胞に知らせ、免疫系を一気に賦活する場面で用いられます。炎症を起こす原因が除去されたタイミングでポジティブフィードバックを強力に抑制させる信号が出されます。

2. 耐故障性システムとしての冗長性と多様性: 
・冗長性 腎臓や睾丸は二つありますから何らかの原因により、片方が機能しなくなっても、反対側の臓器が役割を果しシステムの維持に支障は出ることがありません。多細胞生物ではひとつの臓器はたくさんの細胞からつくられていますから、何割かの細胞が死滅しても、ある程度は残りの細胞が機能を果します。

このように同じ機能を果すメカニズムが複数用意されていることを冗長性(リダンダンシーredundancy)と呼び、データベースの設計などではデータの一貫性を保つことが困難なために排除されますが、自動的に更新される同じ内容の複数のデータベースを用意することにより、予想外の原因でシステムが破壊されたときに復旧の手がかりになります。

・ 多様性(ダイバーシティーdiversity) AIDSはHIV(ヒト免疫不全ウイルスHuman Immunodeficiency Virus)によって免疫機構の要にあるCD4陽性T型白血球が破壊されて引き起こされるさまざまな病気の総称ですが、一定の割合でHIVに感染しない人がいることが分ってきました。

HIVはCD4とケモカイン受容体を介して細胞に感染しますが、このときCCR5とCXCR4というケモカイン受容体(補助受容体)がなくては細胞と接着できません。

このとき先天的にCCR5に分子異常のある人にはHIVは感染できず、現在、AIDSが猛威を振るっているアフリカでも、今後百年間現在の感染状況が変わらないのなら、耐性CCR5を持つ人の割合が50%を越えるのではないかと予想する研究者がいます。

つまりその時、人類はAIDSウイルスに耐性を持つ人たちが徐々に優勢になっていくことになり、ある意味で進化したことになります。

まったく同じ遺伝子を持つ細菌でも、それぞれ抗生物質に対する反応が異なることが判明しており、ある脅威に曝されたときに、そのシステムがいくつかの多様性を持っている場合に、その中のいくつかのモジュールが淘汰されずに生き残ることができれば、やがてシステムは(癌や生物種や振り込め詐欺グループ)は再生します。多様性はロバストネスのために有効な手段になります。

3. モジュール構造:モジュール化はシステムがいくつかに区分され、あるモジュールが破壊されても、そのモジュールを切り離すことにより、被害がシステム全体に及ぶことを防ぐ考え方です。多細胞生物の細胞は明確なモジュールですが、モジュール構造がシステムとして成功するためには、「モジュール間の連動を定義する決まりが定義され、各々のモジュールがその決まりに従う」必要があります。(頁65)

  多細胞生物が成り立つためには、細胞間コミュニケーションや細胞間接着、各モジュールの増殖やアポトーシスの管理が合目的に行なわれる必要があります。

4. デカップリング(バッファリングbuffering): バッファーとは緩衝するという意味で使われますが、外部環境の変化を緩和し、システムの機能停止を防ぐという意味を持っています。

  デカップリング(Decoupling)は分離する、連携しないという意味で、例えばアメリカ金融危機が経済的に独自の環境を保っている中国の経済には深刻に影響しない、中国経済はアメリカ金融危機とはデカップリングされているというように使われます。(実際は違いますが)

  生体におけるバッファリング(buffering)の例としましては、『「ヒートショックプロテイン(HSPs)の新しい役割(シャペロン機能)』で言及しましたように、熱ショック蛋白質の変性蛋白質の修復機能が挙げられます。

  私達の身体の細胞は40度を越えると、その蛋白質が変性しアミノ酸のフォールディング(折りたたみ)が乱れてしまいます。このとき遺伝子の中に組み込まれているが、通常は産生されない遺伝情報が賦活化され、熱ショック蛋白質(Heat Shock Protein;HSPs)という巨大な蛋白質を作り出します。

  HSPsは大きな鋳型のような形と機能を持っていて、異常な構造になってしまったアミノ酸鎖を内部に閉じ込め、正常な立体構造に折りたたみなおして吐き出します。
  つまり変性した蛋白質を元に戻し、外部環境の擾乱がシステムの機能に影響しないようにストレスをバッファリング(緩衝)しています。

  熱ショック蛋白質のこのバッファリング機能は、熱にいる蛋白質変性だけでなく遺伝子異常による突然変異の修復などにも関与しています。

○ 以上のように生命体を代表とする様々なシステムでロバストネスとフラジリティーの関係がシステムの命運を握っています。

  現在、世界が戦慄している世界大恐慌へのシナリオを防ぐためには、資本の再生産のために極端に先鋭化した金融工学の持つフラジリティーを認め、不動産バブルの崩壊や経済的格差の増大に伴うモラリティーの喪失、際限なき超富裕層の強欲(avaritia)がもたらす災いなど予期しなかった擾乱に対処できるようにキャピタリズムというシステムそのものの詳細な再設計を行なうべきときに来ていると思われます。


 2008年3月10日、バチカンの公式新聞「オッセルヴァトーレ・ロマーノ」は新しき7つの大罪として、以下の項目を発表しました。

・遺伝子改造
・人体実験
・環境汚染
・社会的不公正
・人を貧乏にさせる事
・鼻持ちならない程金持ちになる事
・麻薬中毒

バチカンによれば、これらは「神の法律への重大な違反」で「永遠の死」を招くとしています。何十億円もの破格な報酬を握り締めたまま、従業員を路頭に迷わせ、世界経済に多大な悪影響を与えたまま表舞台から退場していく元CEO達はこの声明をどんな気持ちで聞くのでしょうか?