№102「平成20年度松本市歯科医師会市民公開講座」
                  生き生き長寿は口腔ケアから その1
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            №102「平成20年度松本市歯科医師会市民公開講座」生き生き長寿は口腔ケアから その1
         


写真は松本市歯科医師会ホームページより引用

長野県歯科医師会は平成17年度より、『地域に戻れ』という理念のもと、学校保健や成人保健、母子口腔保健の啓蒙などを通して地域の公衆衛生活動を充実させることにより、歯科疾患の予防に努めるとともに、歯科医療に対する理解を深める活動を行なっています。

各郡市歯科医師会へも、それぞれの地域の実情に応じた公衆衛生活動のより一層の充実を図ることをお願いし、ご協力を願っています。

去る7月27日、松本市歯科医師会の主催等により、松本市中央公民館Mウィング6階ホールにて下記の内容の市民公開講座が開催されました。

○ 平成20年度松本市歯科医師会第3回市民公開講座

日時: 平成20年7月27日(日)午前10時~11時半
講師:菊谷武 先生 日本歯科大学准教授 口腔介護・リハビリセンター長
   米山武義先生 静岡県 米山歯科クリニック院長
演題:
・ 第一講演 口から始まる介護予防 -口腔ケアで寝たきり防止―
講師:菊谷武先生
・ 第二講演 口は長寿の門 ―口腔ケアは肺炎予防の要―
講師:米山武義先生

主催:松本市歯科医師会
後援:松本市、松本市医師会、松本薬剤師会、市民タイムス、テレビ松本

お二人とも、「口腔ケア」の分野では、大変に著名な方であり、当日は297名の市民の方々が集まり、熱心に聴講されていました。

逼迫する医療財政の中で超高齢化社会に突入した我国において、あてにならない年金制度のもとで老後の健康を守るためには、良く噛め、安全に飲み込める機能の維持を図り、なおかつ嚥下性肺炎の予防に努めることが重要な意味を持っています。

今回は、前日同じ講師で3時間に亘り、より詳細に行なわれた松本市歯科医師会学術大会での講演内容を中心に概略をお伝えしたいと思います。

○ 平成20年度松本市歯科医師会学術大会

 1.「摂食・嚥下機能から見た栄養支援」 菊谷武先生

 良く物が噛めない咀嚼障害は、歯が失われるか、入れ歯が合わないなど、咀嚼器官の欠損により起る器質的機能障害と、咀嚼に関係する神経や筋肉がうまく働かない運動障害性咀嚼障害に分類することができます。

・ 器質的機能障害   咀嚼器官の物理的欠損、損傷により起る。
・ 運動障害性咀嚼障害 脳血管障害や神経性疾患により起る。

器質的機能障害に対しては、インプラントを埋入するか、冠やブリッジ、あるいは義歯を装着することにより噛む機能を回復することができますが、運動障害性咀嚼障害への対応には苦慮するところがあります。

例えば2007年度の年間の交通事故死は5,743人で、不況の影響で徐々に減少していますが、口腔機能と食形態のミスマッチにより起る、窒息死は年間4,000件から5,000件発生しています。

交通事故に匹敵する死亡原因になっているにも関わらず、社会的な関心は低く、窒息事故が報道されるときはお正月のお餅による高齢者の窒息事故に限られます。

 去る6月25日の読売新聞「医療ルネッサンス」でも取り上げられましたが、近年、嚥下内視鏡検査(VE : VideoEndoscopic examination of swallowing)により、正常な嚥下機能が保たれているか直接目で見て観察することができるようになっています。

VEは直径3.2mmのファイバーの束を、鼻から入れ、直接嚥下時の食道や気管入り口の動きを観察できます。一般的な嚥下造影検査(VF:VideoFluoroscopic examination of swallowing)に比べて、放射線被爆がない、ベッドサイドで簡便に検査できる、飲み込んだ食べ物の嚥下状況を直接観察できる利点があります。

一方、VEはVFと異なり、嚥下の瞬間を観察することはできない欠点もありますので、診断精度を上げるためにはVEとVFの両方を組み合わせて検査するのが理想的です。

施設等への訪問診療においてVEを用いて観察することにより、その患者さんの嚥下機能を評価することができ、食事の内容について、誤嚥を防いで安全に食べることができるテクスチャー(食べ物の質感)を選ぶことができます。

また誤嚥せずに飲み込める姿勢の発見や高齢者に多い不顕性誤嚥(マイクロアスピレーション)、つまり気管に入っているのに噎せるなどの症状の表れない誤嚥を発見することもできます。


VEを観察しますと、正常な嚥下の場合は、喉頭から喉頭蓋谷に落下した食塊は喉頭蓋、つまり気管の入り口を塞ぐ蓋の両側に向かって二分されて滑り込み、その刺激により反射的に喉頭蓋が気管入り口を閉鎖した瞬間に、食道開口部が開き、喉頭蓋で左右に分けられた食べ物が梨状窩の中に落ち込み、食道に吸い込まれていきます。

このとき気管の入り口のある声帯が気管を閉鎖する蓋の役目の一部を果たしています。

・ VEにおける嚥下障害

喉頭蓋の動きが悪いと、飲み込んだ食べ物が喉頭蓋谷と呼ばれるくぼみに残留・停滞してしまいます。
また通常は食べ物が触れると瞬間的に起るべき嚥下反射がうまく起らない場合は、食べ物が梨状窩から食道に落ちず、開いたままの声門を通過して気道に入ってしまいます。
嚥下時の食道の入り口の開き方が不十分な場合も、梨状窩に溢れた食べ物が気道に入り込む原因になります。

このように私たちが日頃無意識になにげなく飲み込んでいる嚥下も、実際は咽頭や喉頭、舌、喉頭蓋、食道等の精緻にシンクロナイズされた協調運動により行なわれているわけで、この協調運動が老化や基礎疾患の影響により、簡単に失われ、今までふつうに行なえていた飲み込みが難しくなった状態が嚥下障害です。

嚥下障害は誰にでも起りうる障害であり、現在は不自由なく快飲暴食している人でもある年齢を過ぎると多くの人が嚥下障害に苦しみ、嚥下性肺炎のために命を落すことになります。

実にアメリカで老人が死ぬ原因の第一位は嚥下性肺炎であり、「肺炎は老人の友」とも呼ばれています。

認知症や脳血管障害など下記のような疾患が誤嚥の原因になります。

・ 機能的な嚥下障害の原因となる疾患

1. 口腔・咽頭の機能障害を招く疾患:
 脳血管障害、脳腫瘍、頭部外傷、脳膿瘍、脳炎、多発性硬化症、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などによる球麻痺、仮性球麻痺、ギラン・バレー症候群などの末梢神経炎、重症筋無力症、筋ジストロフィー、筋炎、代謝性疾患(アミロイドーシスによる筋の萎縮など)など

2. 食道の機能障害を招く疾患:食道アカラジア、筋炎、強皮症、全身性エリテマトーデスなど

 例えば認知機能の低下している患者さんの場合ですが、どうしてもスプーンを使った給餌ができないために、仕方なく太い注射器でミキサー食をお口に押し込んでいた患者さんを詳しく検査してみると、摂食・嚥下機能が残っていることが分りました。金属製スプーンを口蓋への当たりが摂食を拒否する原因と考えられたため、当たりのソフトな木製スプーンに変更したら、抵抗なくお口を開けるようになったケースがありました。

 まず下顎の動かし方や舌の協調運動の状態の観察、VEによる観察などにより、その患者さんの咀嚼機能と嚥下機能を評価します。

 咀嚼機能において、舌が咀嚼側の臼歯の上に食べ物をうまく寄せて乗せられるか、下顎が食べ物を噛む側にうまく回転運動しているか評価するときに、便利なのは裂きイカです。

長い裂きイカの一端を観察者が手指で摘んだままで、反対側を患者さんの口の中に入れます。裂きイカを噛む下顎の状態、裂きイカがうまく咀嚼する側に運ばれていくかを観察します。

 咀嚼機能と嚥下機能は必ずしも一致しているわけでなく、咀嚼機能が充分であっても、嚥下機能が伴わない患者さんでは、残念ながら本人や家族、介護者の全員にカンファレンス等で合意形成した上で、ペースト食を選択しなければならない場合があります。

 嚥下障害のある患者さんは、安全に飲み込める食べ物のテクスチャーの適応範囲が非常に狭いため、例え咀嚼機能が健全であっても無理をして刻み食など粒の含まれているものを選んだ場合に誤嚥してしまいます。

 日本歯科大学が協力して開発した嚥下機能トレーニングの器具、ラビリントレーナー(コンビウェルネス株式会社)をご紹介します。


(⇒http://www.combiwellness.co.jp/jigyo/yobo/product/index3.htmlより転載)

これは唇と舌の筋力をつけることにより飲み込む力を強くする器具で、一日3回毎食前に使用することで嚥下力が回復してきます。

嚥下障害を持つ患者さんでは、残存機能に合わせた食物の形態、食べ方の調製、姿勢の調整が必要となりますが、そのためにはまず外部から食事の状態を観察することから始めます。口の動き、最近の体重の変化、推定栄養摂取量、微熱の発現、食事時間の短縮化などから嚥下障害を疑います。

私どもは施設等から口腔ケアの依頼がある場合、まず施設側に「摂食支援カンファレンス」の設立を呼びかけます。これは関係するケアワーカーさん、相談員、看護師、管理栄養士、介護士、歯科医師、歯科衛生士などから構成され、一人一人の患者さんの摂食・嚥下機能の評価と対応を決定します。

最終的には家族や本人の納得、同意を得るわけですが、入院前に刻み食だった人がミキサー食になるというのは、本人や家族、身近に接する介護士の皆さんには大変なショックなわけで、ただこちら側が誤嚥の危険が大きいので、明日からミキサー食ですよと宣告すればいいというものではありません。

周囲も本人も納得した上で、食形態を決めていくわけです。

・ NST(栄養サポートチーム):何らかの原因によりお口から食べ物を摂れなくなるか、食事の量が減ってきたとき、必要な栄養摂取量を確保するために、患者さんに関わる医師や看護師、管理栄養士、薬剤師、言語聴覚士などのスタッフが話し合って、その患者さんに最もふさわしい栄養摂取方法(経口栄養支援、経腸栄養、静脈栄養)を行い、患者さんの全身状態の改善を行なう組織のことをいいます。

 摂食・嚥下障害のある患者さんの経口栄養支援の面で歯科医師や歯科衛生士がNSTに参加する余地が生まれています。

経腸栄養の考え方は「If the gut works, use it.(もし腸が機能しているのなら、それを使おう)」ですが、
歯科医療の立場からは「If the oral works, use it.(もし口腔が機能しているのなら、それを使おう」と考えています。


以下、次稿に続く。参考文献等略。