81「ガマ腫etc」お口の中のこりない面々
本文へジャンプ 6月5日 
 81「ガマ腫とその周辺」お口の中の懲りない面々

 あるとき気がつくと唇に小さな水泡ができています。うすい膜で包まれたプルプルした柔らかい水泡で次第に大きくなっていきますが、感染しない限り痛くはありません。

 
(36歳の女性の下唇粘液嚢胞、噛んだために弱い炎症を伴っています。)


歯並びの乱れている前歯で噛んでしまった場合や、何も原因が思いつかない場合でも、時折、唇の内側の小唾液腺の導管が壊れて、唾液が組織の中に溜まり嚢胞をつくることがあり、これを粘液嚢胞あるいは粘液瘤(ムコゼーレMucocele)と言います。

比較的20代〜30代の女性に多く見られます。痛みがないので本人が気がつかれることは少なく、歯科治療の際に指摘されることが多いようです。

治療法は外科的な摘出が主体ですが、周囲の小粘液腺も含めて完全に取り除くことがむつかしく、一度取り除いても再発することがあります。他にクライオサージェリー(−198℃の液体窒素や炭酸ガスなどの冷却材による凍結療法)やレーザーメスによる焼灼などが行なわれます。



○粘液嚢胞は唇だけにできるわけでなく、口腔底や上顎洞内にも発育することがあります。
下図は27歳の女性の口腔底に認められた粘液嚢胞で、ぷくぷくした青味がかった外観を呈していて、開口運動や舌に力を入れる度に口腔底から突出し、近傍の歯を切削するときなど切削器具に触れそうになります。

口腔底にできるこのような粘液嚢胞は、まるでガマ蛙(ヒキガエル属、蟇蛙属、Bufo)の喉の膨らみ(咽頭嚢pharyngeal pouch:消化管の内壁が側方へ向かってポケット状にくぼんだもの)に似ていることからガマ腫(がましゅ、ラヌーラ、ranula)という名前がつけられています。



 
       27歳 女性の口腔底に発生したガマ腫

 このような場合慎重に表面の粘膜を剥がし、摘出するか開いた嚢胞壁を縫合し開窓してしまいます。手術自体の患者さんに与えるダメージはほとんどなく、痛みも腫れもほとんどありません。ただ再発しやすいことが欠点で、最近では山形大学医学部などで、「嚢胞内注入療法」が試みられています。

「嚢胞内注入療法」はもともと嚢胞状リンパ管腫の治療に用いられてきた治療法であり、OK-432(ピシバニール)を、注射器で嚢胞の内溶液を吸引した後に嚢胞内へ注入することにより、強い炎症を起こし、嚢胞を壊死させて取り除く方法です。

嚢胞壁が薄いため、通常の外科手術では再発を繰り返す嚢胞を消滅させることができます。

OK-432は、A群溶血性連鎖球菌の弱毒性自然変異株(Su株)をペニシリンで処理した製剤です。金沢大学で研究開発され、1975年に癌の免疫療法剤として認可され、日本においては約30年も臨床で使われてきました。注射した場所に強い炎症を引き起こし、種々のサイトカイン(免疫因子)を産生させることにより免疫増強作用をおこします。

ピシバニールの目に見える癌の縮小効果は少なく、現在保険適応として認められているのは、消化器癌や肺癌の延命効果および他剤無効の頭頸部癌・甲状腺癌の腫瘍内局所注射に限られています。

山形大学医学部では、1992年に初めてガマ腫に応用して以来、100例を越える頭頸部の嚢胞性疾患に対し本治療を行ってきましたが、ガマ腫・耳血腫・舌嚢胞・正中頸嚢胞などでは極めて有用で、手術に代わりうる治療法として評価しています。また、この治療は手足にできる嚢胞であるガングリオンにも有効であることが大阪市大の村岡氏らによって報告されているそうです。

OK-432の量はKE(Klinische Einheit)という臨床単位で表されますが、OK-432をもともとの用法である「癌の免疫療法剤」として用いる場合は、5KEという量を毎週(場合によっては週2回)使用します。しかし、嚢胞性疾患の治療に用いる場合は、0.5KEから2KEの間の少量(多くは1KE以下)を、普通は1回投与するだけです。

(以上、「耳鼻咽喉科・アレルギー科/深瀬医院ホームページ/嚢胞内注入療法http://homepage3.nifty.com/fukase/OK-432/index.html」より引用、一部改変。(深瀬医院〒990-0042 山形市七日町二丁目7-30)

○次は上顎洞内の粘液嚢胞の例ですが、感染がなければ多くは無症状で経過し、歯科治療に際してのレントゲン撮影で発見されます。

 
( 上図は41歳男性に認められた上顎洞内粘液嚢胞の例。左下智歯の抜歯を主訴に来院されましたが、レントゲン検査で判明。右下にはセメント質腫が認められます。)

上顎洞内粘液嚢胞に対しては、症状がない場合は、経過観察を行い、積極的な手術を行ないません。ただし嚢胞が発育し、上顎洞内に充満、内圧が高まる場合は、眼筋への影響が表れ、眼の動きが悪くなったり、ものが二重に見えたりします。(複視diplopia)
また上顎洞部の違和感、頭重感、片頭痛、鼻漏、粘液嚢胞のある側の歯の咬合痛などが表れます。


また感染を起こせば、頬が腫れ、上顎洞部の強い痛みが表れ、発熱などの全身症状が表れます。

治療法としては、外科的摘出ですが、最近は鼻腔から内視鏡を挿入して開窓する方法が行なわれるようになってきています。(ESS内視鏡的副鼻腔手術/ Endoscopic SinusSurgery)

上顎洞内の病変に対する根治手術としては、歯茎の上の歯肉頬移行部に切開を入れ、上顎洞の前側の壁に穴を開けて、中身を根こそぎ除去するのが通法でしたが、最近の内視鏡的手術法の普及に伴い、上顎洞内の手術領域が口腔外科から耳鼻科にシフトしてきた傾向があります。

歯科医としては歯科領域の縮小傾向には少し寂しい思いがありますが、患者さんの受ける侵襲を小さくするメリットから考えると仕方がありません。

一般に粘液嚢胞は感染さえ起こらなければ経過観察しても、大事に至ることが少ない病気と言えますが、似たような病気で鑑別が必要な重大な疾患がいくつかありますので、注意が必要です。

歯周病の予防の基本は、鏡を使ったプラークコントロールですが、歯垢が残っているかどうか観察するついでに、舌や歯肉、唇や頬に、今までなかった膨らみや模様や変化がないかどうか調べることもオーラルホームケアの基本になります。

お口の中にできる癌は、全身に発生する悪性新生物の8%程度という報告があります。特に喫煙者では乳がんの自己診断と同様に、時々、お口の中のセルフチェックを行なわれることをお勧めします。