72 「幽冥境からの3分間」歯科医院に普及するAED
本文へジャンプ 5月18日 
 


 手の届く範囲の小さな変化が積み重なって、いつのまにか世界が根底から変貌していることに気がつかされます。

 20世紀の末葉から21世紀の初頭にかけて、世界の暮らしを決定的に変えた触媒(Ultimate catalyst)は何と言っても、セルフォン、つまり携帯電話とパーソナル・コンピューティングではないでしょうか?

 国内で最初の携帯電話が発売されたのが1987年ですが、当初は自動車電話から発展したショルダーバック式携帯電話で、可搬重量が二十数キログラムもある代物でした。ちなみに世界で最初に携帯電話を発明したのは、1973年、モトローラ社の元経営者のDr. Martin Cooperという方だそうです。

しかしそれより以前、1902年にアメリカ、ケンタッキー州生まれのNathan Stubblefield氏が、自らの経営する果樹園に高さ37メートルの電波塔を建て電波を発信させ、モバイル性のある移動電話を開発したとされています。もっともその電話は大きさがゴミ箱くらいで、通話エリアは800メートルくらいだったそうですから、当然普及するはずはなく、氏は奥さんから離縁状をつきつけられ、10年間の放浪生活の末、失意のうちにこの世を去ったと言われています。(http://www.gamenews.ne.jp/archives/2008/05/1902.htmlより引用)
  
 今や一人で数台の携帯電話を持つ人も少なくなく、私達の生活空間は携帯電話やその基地局から発信される電磁波で満ちています。

 数年前でしたか、携帯電話の発する電磁波により、レース鳩が帰還できなくなっているとの報道がありました。他にも携帯電話を長期間使い続けることにより、脳腫瘍が発生しやすくなるのではとの懸念や、深夜になっても、ずっと携帯を打ち続ける「若年性携帯依存症候群」に陥っている小中学生の実態などが社会問題化しています。

 しかしその利便性を一度味わってしまうと、もう過去へ戻ることはできず、まるで生まれたときから、人体の一部に携帯が組み込まれているかのように、携帯電話から人生を切り離せなくなっている人々が増殖し続けています。

 パーソナル・コンピューティングに依存しているのは、どちらかと言えば、40歳以上のミドルエイジに中心がありますが、今やPCは私達の生活の隅から隅まで、浸透し、管理し、支配し、仮に、絶対に防御できない超感染性を持った破壊的なウイルスが開発されれば、世界の民生レベルの情報インフラは瞬時に機能停止してしまいます。

 携帯電話ほどではありませんが、一昨年度から社会に急速に普及し始めているのがAED(自動体外式除細動器Automated External Defibrillator)です。

2007年2月18日に行なわれた東京マラソンにおいては、栃木県から参加した男性ランナー(59)が38km地点で倒れ、心配停止状態に陥りましたがAEDにより救命され、またゴール1km手前では、別の男性ランナー(58)が倒れましたが、やはりAEDで蘇生しました。

本年の東京マラソンでは、自転車部隊がリュックにAEDを積んでランナーをサポートするなど、より徹底した救急蘇生態勢がとられています。

 当初は、空港や駅、大規模公共施設にしか設置されていなかったAEDですが、法律の改正により、一般市民でも使えるようになってから急速に普及し、今では各種教育機関や集会場、商業施設、小規模診療所まで、わずかここ1〜2年くらいの間に、爆発的に普及しています。

 ある意味で、昨年は日本における救急蘇生のエポックメーキングな年であったと言えるかもしれません。

 そもそも救急蘇生においてAEDはなぜ重要視されているのでしょうか?

歯科診療中、強いストレスなどがきっかけとなり心室細動を起すことがあります。

本来、心臓は右心房にある洞房結節(スィノエイトリアル ノウドsinoatrial node: SA node、キース・フラック結節)で発生した電気刺激が、心房を通って、右心房の下部にある房室結節(エイトリオヴェントリキュラ ノウドatrioventricular node: AVnode、田原結節)に伝わり、心房全体を収縮させます。

房室結節で電気信号の伝達がゆっくりとなり、心房の収縮より遅れてヒス束(房室束 エイトリオヴェントリキュラ バンドルatrioventricular bundle)を通過し、右脚プルキンエ線維、左脚プルキンエ線維(パーキンジ ファイバーズpurkinje fibers)を経由して、心室全体に電気信号が伝播していきます。この時の洞房と心室との時間的な遅れにより、心房が収縮してから心室が収縮し、心房から心室にスムーズに血液が送られるわけです。

心筋は電気刺激に反応して容易に収縮する性質を持っていますが、心房と心室の間には線維輪・線維三角と呼ばれる筋線維の絶縁体が境界を隔てているために電気的に絶縁されています。

この心房結節―房室結節―ヒス束―左右プルキンエ線維―心室で構成される特殊心筋の経路を刺激伝導系と呼び、心臓の規則的な収縮は刺激伝導系を電気刺激が順次、規則的に伝播することにより起こっています。

通常の健康診断でスクリーニングにかからなくても、冠動脈が詰まる心筋梗塞や肥大型心筋症、拡張型心筋症が隠れていることが多く、スポーツによる急激な循環器系への負荷、寝不足や強いストレスにより心室細動が起こることがあります。

まったく心臓に病変が認められないのに心室細動が突発することもあり、女性よりも男性に2倍の確率で起こり、年代では40代から50代に多く、一年のうちでは4月に多く起こる傾向があり、土曜日と日曜日により多く起こる傾向にあると言われています。

勤務時(2割)より勤務外(8割)に起こる割合が多く、深夜から早朝にかけて最も頻発しやすいと言われています。

心室細動(Ventricular fibrillation:VF)は、心室内のいたるところを渦巻きのように走る電気刺激による興奮が無秩序に早い周期で起こっている状態で、心臓はポンプとしての機能を失っています。




ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Cale_curve.pngより引用。

心室細動に陥れば、6秒ほどで失神し、酸素が脳に行かなくなるために3分が経過すれば脳に重大なダメージが生じ、5分経過すれば心筋はエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)を使い尽くし、蘇生することは不可能になってしまいます。

心室細動を除き、正常な心拍リズムを取り戻すためには、一刻も早い除細動しかなく、心肺蘇生術(CPR)をできる限り速く、2?3分のうちに開始しなければなりません。

身近に常備してあるAEDを用い、ただちに救急蘇生処置を行なった場合、95%は正常な拍動を取り戻すことができるとされています。

 ただしショックや心不全がある場合は、ただちに除細動を行なっても救命率は30%だと言われています。一分除細動が遅れれば、救命率は7〜8%低下するそうです。

目の前で倒れた人を見つけたら、まず周囲に助けを求め、救急車を呼んでもらうとともに、心肺蘇生を行い、できるだけ早く除細動を行なうのが現在の救急蘇生のガイドラインになっています。(2005年)

さて本年4月の保険改正により、口腔外バキュームやパルスオキシメーターなどいくつかの設備とともにAEDを備えた歯科医療施設への保険上の評価がされるようになりました。

これにより、県下でも各歯科医院へのAED導入が順調に進んでいます。今やコンビニより多いと言われる歯科医院ですが、数年のうちに街でもし意識がなく倒れた人をみかけたら、手近な歯科医院へ飛び込めば、どこでもAEDを調達できる環境になるものと予想させます。

現在も県下の歯科医院は子供を犯罪から守る「安心の家」として登録されていますが、AEDの普及により、地域の一次救急への一助として役立てるわけで、より一層地域の安心・安全に貢献できるものと思われます。

心室細動を起しやすい条件を考えると、最もAEDで救命される可能性があるのは、院長先生自身かもしれません。

日頃からいざという時のために、充分な救急蘇生訓練をスタッフとともに研鑽されるとともに、自分が倒れたときに遅滞なく救ってもらえるような人間関係を築いておくことがまず大切だと思われます。


本日の推奨アルバム: http://jp.youtube.com/watch?v=iDMqFvh5Lcs  "Fields of Gold" by Eva Cassidy