56 豊穣の海で飢える 糖尿病と歯周病その2
56 豊穣の海で飢える 糖尿病と歯周病その2
本文へジャンプ 4月23日 
 
56 豊穣の海で飢える 糖尿病と歯周病その2



最近、睡眠中に「足がつる」ことがありませんか?また便秘や下痢が続きませんか?近くのものが見えにくくなったり、目がかすんだりしていませんか?

立ちくらみがしたり、少しの運動で息が切れませんか?

すぐにたくさんの汗をかいたり、口が乾いたりしませんか?また異常な食欲に苦しんでいませんか?

すぐにいらいらして人に当たるか、漠然と死にたいと感じることがありませんか?

これらはあなたが糖尿病にかかっている可能性を示しています。

今、過食・肥満・運動不足・強いストレスが原因となり、40歳以上の日本人の10人に一人が糖尿病か境界型の糖尿病になっています。

糖尿病が歯周病を悪化させるリスクファクターであることは以前から知られていましたが、逆に歯周病が糖尿病を悪化させることも分ってきました。

1997年にアメリカ歯周病学会誌(Journal of Periodontology)に、歯周病治療により、糖尿病の指標となるグリコヘモグロビンのHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が改善することが発表されました。

(グリコヘモグロビンの一種であるHbA1cは赤血球中のヘモグロビンとブドウ糖が結合したものです。

赤血球中のヘモグロビンは身体の中を循環する間に、血液中の糖や糖の代謝産物と結合してグリコヘモグロビンとなります。グリコヘモグロビンのうちブドウ糖と結合したものを特にHbA1cと呼びます。赤血球の寿命に相当するおよそ120日間の平均的な血糖状態を反映し、HbA1cの総ヘモグロビン量に対する割合を%で表わします。

基準値は4.3%〜5.8%ですが、HbA1c値が6%を越えるとほぼ確実に糖尿病であると診断でき、9%以上だと様々の合併症が表れます。)

もともと感染症と糖尿病には密接な関係があり、感染症があれば糖尿病は悪化し、糖尿病があれば感染症は進行します。

細菌やウイルスの体内への進入と言うストレスが加わると、副腎髄質から抗ストレスホルモンであるアドレナリンが分泌され、血糖を上昇させます。また副腎皮質からはグルココルチコイドであるコルチゾールが分泌され、肝臓での糖新生を促し、やはり血糖が上昇します。

この他に、歯周病という慢性感染症が糖尿病を悪化させる仕組みについては現在のところ次のように説明されています。

私達の身体の中には一定の数の脂肪細胞があって、太ってくると脂肪細胞の中にたくさんの脂肪が充満し、痩せると脂肪は少なくなります。

肥満の原因は遺伝的要素が30%、残りの70%は環境要因とされています。

従来、脂肪細胞の数は生まれつき決まっており、後天的に変化しないと考えられてきましたが、幼児期に大量の脂肪を摂取すると、脂肪細胞の数が増え、太りやすくなることが分ってきました。

また肥満につれて脂肪細胞の数が増えるために、一度肥満すると、また太りやすくなってしまいます。つまり遺伝的な要素以上に、後天的な要因が肥満の原因になっていると言えるようです。

肥満は脂肪細胞が大きくなるから起こるのですが、最近の研究によると、脂肪細胞は単なるエネルギーの備蓄細胞ではなく、様々の脂肪由来生理活性物質(アディポサイトカイン※1)を分泌していることが分ってきました。

例えば脂肪細胞の分泌するサイトカイン(cytokine:細胞から分泌される他の特定の細胞に情報を伝える機能を持つ蛋白質)のひとつであるレプチンは、脳の視床下部に作用して、食欲を抑制し、エネルギー消費を活発化しています。(「新細胞を読む」山科正平 BLUE BACKSより引用)

脂肪細胞から分泌される様々のアディポサイトカインの分泌異常が肥満に伴って起こるU型糖尿病や動脈硬化などの原因になっているわけですが、その一種であるTNFα(tumor necrosis factor α、腫瘍壊死因子α)がインスリン抵抗性を増し、血液中のブドウ糖(グルコース)の細胞内への取り込みを邪魔して、慢性の高血糖状態、つまり糖尿病を悪化させていると説明されています。

糖尿病は膵臓で産生されるインスリンが不足するか、インスリンに対して細胞膜が反応しにくくなることにより起こる病気であり、飢餓や絶食時に起こる生体の反応が飢餓・摂食時にかかわらず、常に亢進して起きている状態です。

血流の中には余ったグルコース(ブドウ糖)が溢れかえっているのに、その中に身を浸している細胞はグスコースを取り込むことができずに飢えている状態が糖尿病と言えます。

まるでジュースの海を樽に閉じ込められた人が漂流している状態に近いのではないでしょうか?

絶食時にインスリンの産生量が低下すると、インスリンには蛋白合成を促進させる作用があるので、蛋白の合成低下と分解の促進が起き、肝臓へのアミノ酸供給が増加します。

このときのアミノ酸の主な供給源は骨格筋です。またインスリンの作用が低下すると、脂肪組織では中性脂肪が分解され、脂肪酸とグリセロールがつくられます。

このように飢餓が続くと骨格筋を代表とする全身の臓器で蛋白質の合成低下と分解促進が起こり、脂肪組織では中性脂肪が分解し体重が減っていきます。 

糖尿病はこの通常の飢餓反応が飢餓でないふつうの状態、例え脂の滴る特大豚カツ定食を食べた後にさえ、常に起こる病気とも言えます。

歯周病は偏性嫌気性菌(※5)である歯周病菌群による慢性感染症ですが、この偏性嫌気性菌が宿主の体内に入り込んだ後、その外膜は内毒素(LPS※6)として作用します。

体内に侵入した偏性嫌気性菌は多形核白血球(好中球neutrophil)やマクロファージ(macrophage)などの食細胞により貪食(phagocytosisファゴサイトーシス)されます。歯周病菌が属するグラム陰性菌(※8)は、自身が溶菌するか破壊されたときに、外膜の中に蓄えられていたエンドトキシン(内毒素)を放出してマクロファージ(単球)を活性化します。

活性型マクロファージはIL-1α、IL-1β(※9)といったサイトカインを産生し、Tヘルパー(Th)細胞の活性化や発熱、骨吸収、コラゲナーゼの産生誘導などを行ないます。またIL-12、IL-18を分泌することにより各種の細胞障害性細胞(※10)を活性化します。

さらに腫瘍壊死因子(TNF-α)とIL-6を産生し、炎症に関与しています。

TNFαはもともと腫瘍部位に出血性壊死を起すサイトカインとして知られていますが、単球、マクロファージ、血管内皮細胞、脂肪細胞、ミクログリア(※3)、アストロサイト(※4)などから分泌され、細胞膜表面のTNF receptor(TNF受容体)に結合して、炎症を起こした細胞の細胞死(アポトーシス)を誘発し、炎症を収束させると考えられています。

TNFαは生体防御機構のために機能しますが、一方では猛毒のような存在で、その量や作用時間や作用部位が変化すれば、慢性関節リウマチやDIC(播種性血管内凝固症候群)、SIRS(全身性炎症反応症候群)、神経性疾患やエイズ、劇症肝炎で起こるアポトーシスなど様々な深刻な病気に関係しています。

肥満者の脂肪細胞から分泌される大量のTNFαはグルコースの細胞内への取り込みを阻害します。

糖尿病を耐糖能障害とも言いますが、これは細胞が血液中のブドウ糖を細胞内へ取り込めない状態を意味します。栄養を取り込めない細胞は元気がなくなり、寿命が短くなったり、正常な機能を果せなくなったりします。

インスリンが細胞膜にあるインスリン受容体に結合すると、その情報が伝達されグルコーストランスポーターWという蛋白質が細胞膜に小さな穴を開け、ブドウ糖を細胞内へ取り込みます。

しかし歯周病などの慢性炎症があると、マクロファージや脂肪細胞から分泌されるTNFαがこのシグナル伝達の部分を阻害することにより、ブドウ糖が細胞内に入っていかなくなります。

P.G菌(Porphyromonas gingivalisポルフィロモナス・ジンジバリス)やA.A菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitansアグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス)などの歯周病菌により炎症が引き起こされると、マクロファージが歯周病菌を貪食し、T細胞に抗原提示します。(体内に侵入した敵の情報を免疫系に知らせます。)

さらに情報はB細胞へ伝えられ、抗体産生を促します。マクロファージの抗ウイルス作用、腫瘍細胞障害作用が増強され、TNFαが産生され、このTNFαがインスリンの作用を弱め、血糖値を悪化させているわけです。

では歯周病を治療することにより、本当に糖尿病は改善するのでしょうか?

歯周病治療により、体内のTNFαの血中濃度が下がってくると、インスリンの効き目がよくなってきます。(⇒HOMA-Rの改善※7)中等度の成人型歯周病の治療を2年間、徹底的に行った場合、HbA1cの値が約30%程度も劇的に改善したという報告があります。

歯周病は糖尿病の他、動脈硬化や様々の病気を悪化させると言われており、ただお口の中の健康を守るためでなく、体内の慢性炎症をなくすことにより、全身的な健康を回復・維持するためにも、歯周病の完全な治療と長期的な再発防止プログラムを受け続けることが健康寿命を謳歌できるかどうかのひとつの条件になっています。

豊穣の海の中で、一人逃れられない飢餓に苦しまないために、古いスニーカーを久しぶりに履いて、輝く春の山野にハイキングに出かけましょう。

※ 1 各種アディポサイトカインの例

@レプチン:視床下部のレプチン受容体に結合し摂食行動を調節します。
Aアディポネクチン:インシュリン抵抗性を改善させますが、内臓脂肪蓄積時に産生が減ります。
Bレジスチン:脂肪細胞や肝臓、骨格筋に対するインスリンの効き目を悪くします。
C腫瘍壊死因子(TNFα):インスリン抵抗性を悪化させ、耐糖能異常を起します。
Dプラスミノーゲン活性化因子抑制物質-T(PAI-T):動脈硬化を促進します。
Eヘパリン結合性上皮増殖因子(HB-EGF): 動脈硬化。
Fアンジオテンシノーゲン:高血圧に関連します。

※ 2 ATP(Adenosine triphosphate):ATPはアデノシン三リン酸の略称で、ATPが無機リン酸を放出してADPアデノシン二リン酸に変わるときに放出されるエネルギーが細胞内で起こる色々な化学反応を駆動しています。いわばATPは生体内のエネルギー通貨の役目を果たしています。

※ 3 ミクログリア:中枢神経系の免疫担当細胞

※ 4 アストロサイト:astrocyte;中枢神経系で血液脳関門(BBB)の形成やシナプス機能の調節に係わっています。

※ 5 偏性嫌気性菌:少しでも酸素があると生存できない細菌。

※ 6 LPS:lipopolysaccharide/内毒素性リポ多糖 グラム陰性菌の外膜の構成成分。熱に安定で、細胞、組織、個体の各レベルで色々な作用を持つ毒。最も典型的な発熱物質。微量でもマクロファージ系細胞や線維芽細胞に作用して、各種のサイトカイン産生を促します。また内毒素はショックを引き起こし、血小板などに作用して血液凝固系を活性化し、炎症性の化学伝達因子(chemical mediator)の放出にもかかわります。
※7 HOMA-R: Homeostasis Model Assessment insulin resistance indexインスリン抵抗性の指標。
1985年Matthews等によって提唱されました。空腹時血糖(mg/dL)×空腹時血中インスリン濃度(μU/mL)÷405(正常者では空腹時血糖90mg/dL,空腹時血中インスリン4.5μU/mLでこの指数は 1) ,血糖値やインスリン値の上昇により増大します。

※ 8 グラム陰性菌:グラム染色を行なったときに、紫色に染まらずにうすい赤色にそまる細菌。グラム陰性菌は外膜にリポ多糖類である内毒素を持っています。
※ 9 IL-1:インターロイキン(interleukin:IL) 白血球の間の情報伝達を行なうサイトカインの一種で、マクロファージや好中球から分泌されます。IL-1α、IL-1に分かれます。T細胞やB細胞の増殖・分化を誘導し、破骨細胞の働きも活性化します。
※ 10 細胞障害性細胞:1型Tヘルパー(Th1)細胞、細胞障害性T(Tc)細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞

参考文献:講義録 内分泌・代謝学 寺元民生・片山茂裕 著 MEDICAL VIEW