2016年5月8日更新
     158「我々はアダムの林檎(adam's apple)をいつ食べたのか? 

 
男性の首の前面には、発育した喉頭隆起、つまり「のどぼとけ」が認められます。
これは喉頭を形成し、その最外殻として喉頭を保護している甲状軟骨の隆起です。
楽園で無垢なまま不老不死の生活を楽しんでいたアダムとイブが、ヘビの誘惑に負けて智恵の実であるリンゴを食べたため、楽園を追い出され、そこから人類は智恵を得た替りに病や死に苦しむようになりました。リンゴの実を飲みこむところを神に咎められて驚いたアダムが、欠片を喉に詰まらせたのが「のどぼとけ」だとされています。

では、この智恵の実を食べたのはいつ頃の話でしょうか?最新の人類学の知見から、それは5800年前頃ではないかという話があります。

人類最古の文明とされるシュメール文明は約5000年前にユーフラテス河沿岸に住みついたウバイド人が築いた神殿や都市が基になっています。それが3800年ほど前にシュメール人により継承または征服され、ウル、ウルク、エリドゥ、ラガシュなどの壮麗な都市文明が開化し、最初の文字である楔型文字が発明され、戦車や舟などもつくられるに至りました。最近、トルコ南部から12000年前の「ギョベクリ・テペ遺跡」という宗教施設が発見されていますが、まだ都市文明と言える段階には達しておらず、最古の都市文明としてはいまだにシュメール文明の名が挙げられます。

さて知能は脳の容積ではなく、神経細胞の総数とそのネットワークの複雑さで決まりますが、人間の脳神経細胞の数と機能を決める遺伝子としてマイクロセファリン遺伝子があります。マイクロセファリン遺伝子の発現により人は抽象的な概念を理解できるようになったとされます。人類がこのマイクロセファリン遺伝子を獲得したのが3万7000年前と推測され、ちょうどこの頃、ホモサピエンスがヨーロッパやアジアに展開しました。

言語遺伝子として知られるfoxp2遺伝子は我々と同じものをネアンデルタール人も持っていたらしく、彼らに死者を悼み、墓に花を捧げる風習があったことが理解できます。ただしネアンデルタール人のfoxp2とホモ・サピエンスのfoxp2は1文字が異なり、この1文字の違いが、35万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したネアンデルタール人と15万年前に登場し、我々現代人に続くホモ・サピエンスの言語能力の大きな違いを生んでいることになります。

さらに大脳皮質を大きくするASPM遺伝子ですが、ヒトとサルではASPM遺伝子の塩基配列がわずかに異なり、ホモ・サピエンスがヒト型のASPM遺伝子を獲得したのは、わずか5800年前とされています。
この新型ASPM遺伝子の獲得がシュメール文明や古代エジプト文明の開化を可能にしたわけで、ヒトにとって「アダムの林檎」であったのではないでしょうか。

我々は高度な都市文明を楽しむ一方で、貧困や圧政、虐待、ジャングル資本主義、テロリズム、宗教戦争など負の側面も受け継いでいるわけで、まさに智恵の実が開いたパンドラの匣に最後に残っていたはずの希望を探す毎日になっています。

いつか、さらに飛躍的に脳機能を向上させる新しい遺伝子を持つ新人類が表れたとき、ヒトの悟性が現状よりも進化することが期待できます。その時は、内なる爬虫類の情動を完全に制御する機能を持たない我々、旧人類は静かに退場することになるでしょう。

願わくば、その進化のときまで、歴史が終焉を迎えることがないように密かに祈るしかありません。