2011年12月31日更新
     151 「人間解と神」 



 振り返ってみれば、2003年は宇宙論にとってはエポックメーキングな年だったそうです。
今まで、高温、高密度のビックバンから137億年かけて宇宙は膨張してきた宇宙モデルが信じられていました。
宇宙が膨張するということは星と星の距離が広がりや星間ガスが希釈されることを意味し、徐々に膨張速度は小さくなっていくと考えらえていました。

しかし2003年になって、宇宙の膨張速度は益々加速していることが分かってきました。 2003年、「宇宙は全ての物理的構造がバラバラになってしまうビッグリップ (big rip) によって終焉する」という論文が Robert R. Caldwell、Marc Kamionkowski、Nevin N Weinberg によって Physical Review Letters 誌に掲載されました。
つまりこのまま宇宙の膨張速度が加速していくとやがては宇宙のすべての物質は、原子がすべて引き裂かれ、ばらばらの素粒子の状態で遠ざかっていく終焉を迎えるという仮説が登場しました。
様々の宇宙論の中で、永久に宇宙は変わらないとする定常宇宙論は観測事実に合わないことが分かっています 。
他にもビックバンとビッククランチを繰り返す振動宇宙論やその進化系であるいくつかのサイクリック宇宙論が検討されていますが、今のところ実際の観測データと整合していないと言われています。

宇宙の膨張速度が加速するということはふつうに考えればおかしなことで、投げたボールが空中でさらに何かの押されてさらに早くなっているわけです。
この背中を押している力として宇宙に充満している暗黒物質(dark matter )と暗黒エネルギー(dark energy)が想定されています。
暗黒物質や暗黒エネルギーと言われると、とたんにSF的な色彩を帯びてきて真偽が疑わしくなってきます。
驚くべきことには、この宇宙を構成する物質やエネルギーのうち、星や銀河や星間ガスにニュートリノを加えても全体の5%にも足りず、23%が暗黒物質、73%が暗黒エネルギーが占めているということです。
つまり私たちが見ることができたり、観測することができる物質は、この宇宙のわずかな部分であり、23%は暗黒物質という質量は持つが現時点で観測不可能な物質であり、さらに73%を占めている暗黒エネルギーに至ってはその正体について推測すらできていないわけです。

さらに驚くべきことに最新の宇宙論では、私たちが生きているこの宇宙は4次元ではなく、10次元または11次元からなる多次元宇宙であるとする推論が登場しています。
身の回りの世界は3次元の空間座標と時間軸で4次元を為しているわけですが、実は暗黒物質は高位の次元に存在する未知の物質の影が私たちの3次元空間に投影されたものではないかという数学的な仮説があります。
ダーク・マターの重力源は別次元にあるけれど、重力は空間のゆがみであり、別次元も空間であることには変わりないので、重力が私たちの3次元宇宙に沁みだしているため、重力はあるが本体を観測できないとしています。
実際に、ダーク・マター本体を見ることはできませんが、遠くの銀河の姿が、私たちとその銀河の間にある直接観測できない暗黒物質による重力レンズの効果で歪められている現象が観測されています。

素粒子を点ではなく、一次元の振動する「ひも=弦」として考える「超ひも理論superstring theory」によれば、3次元空間の他に6次元あるわけですが、この6次元空間は複雑に折りたたまれたカラビ・ヤウ多様体を為していて、6次元空間の数学的な可能性は10の500乗個もあるそうです。
しかしほとんどの宇宙候補は、真空のエネルギーが大きすぎて生まれるとすぐに引き裂からえてしまい、主体となる次元の数、色々な素粒子の質量、4つの力の大きさなどの条件が悪く、たまたまうまくいった宇宙に不完全な認知機能しか持たない私たちが存在していることになります。
この膨大な数の宇宙候補の中から偶然にこの世界が成立できる条件が揃った「人間解」が私達の住むこの宇宙であり、人類が宇宙を観測し宇宙論を考えることができる世界になっているのではというわけです。
ここまで来ると多次元宇宙をデザインした「神」のような超越的な存在を想定する誘惑にかられます。

私たちが不変の変わらない日常だと漠然と信じているものも、その基盤はありえない偶然の確率で成立した奇跡のバランスの中にあるとしたら、世界を見る目も変わってしまいます。

日頃、歯科医療という0.5mmずれたら大騒ぎという世界で唾液や歯垢に塗れて格闘していますが、高次元に住む知性体から見れば、まるでスライドグラスの中に浮遊するミドリムシが運命に翻弄されながら反射的に動いている姿に見えるものと思います。

人類がつかんだ知識と技術なんて、宇宙の深淵に比べたら砂粒以下の卑小さだと知れば、人智を超えた超越的な存在への怖れと畏敬の念が生まれてきても不思議ではありません。

200万年前の更新世初期に、オルドバイ渓谷でサーベルタイガーに脅かされながら猿人親子が祈る神もあれば、核融合や恒星間航行にふさわしい神もあります。未知の脅威がある限り人間は神から解放されることはないでしょう。

参考文献:BULE BACKS 宇宙は本当にひとつなのか 村山斉 著 講談社2011年7月20日発行