2011年9月2日更新
     

   糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン 2

    「特定非営利活動法人 日本歯周病学会編 糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン」より転載・改変
             
         
        
 2)糖尿病性慢性合併症

 細小血管症(Microangiopathy)と大血管症(Macroangiopathy)に大きく分類される。
 
 最小血管症(網膜症、腎症、神経障害)は糖尿病患者に高頻度で認められる特有な合併症で、糖尿病性3大合併症(Diabetic Triopathy)とも呼ばれる。いすれも最小血管に生じた病変によって起こるが、神経障害は神経組織における代謝も関連している。

 最小血管症の成因としてもっとも重要なのは高血糖の持続で、その結果、ポリオール経路の亢進、PKC活性の亢進、グリケーションの亢進とAGEの産生、酸化ストレスの亢進と血管内皮機能障害などが惹起される。

† ポリオール経路の亢進: 通常、血液の中のブドウ糖の95%は細胞の中に取り込まれると解糖系(ブドウ糖⇒グルコース6燐酸⇒
フルクトース6燐酸⇒⇒ピルビン酸⇒アセチルCoA)を経てクエン酸回路に入りATPの産生に利用される。しかし、高血糖のために細胞の中に取り込まれるブドウ糖の量が増えすぎると、解糖系だけでは処理しきれなくなり、いくつかの迂回経路を経由してブドウ糖を分解します。それらの迂回経路の一つがポリオール代謝系であり、ブドウ糖はアルドース還元酵素によりソルビトールに変換され、ソルビトールははソルビトール脱水素酵素によりフルクトースに変換される。
このアルドース還元酵素によるソルビトールへの変換が、ソルビトール脱水素酵素によるフルクトースへの変換を上回ると細胞内にソルビトールが蓄積する。その結果、細胞内浸透圧は上昇し、細胞内に水分が溜り、浮腫状態になる。また細胞の高浸透圧は細胞情報伝達に必要なミオイノシトールやタウリンの細胞内取り込みを障害する。
またフルクトースはグルコースの10倍も強い蛋白質糖化反応を起こす。糖化反応(とうかはんのう、Glycation)とは、フルクトースやグルコースなどの糖が酵素の働きなしにタンパク質または脂質に結合する反応の事である。糖化反応は、これらの分子が後に受けることになるアマドリ転位反応、イミノ転位反応、メイラード反応など複雑な反応の第一段階となる。生成物の中には害のないものもあるが、反応性が高く、糖尿病、心臓病、アルツハイマー病、癌、末端神経障害、難聴、失明などの原因となるものもある。

† PKC活性の亢進:PKCはプロテインキナーゼCのこと。プロテインキナーゼは蛋白質分子をリン酸化する酵素。活性化されたPKCはセリン・スレオニンをリン酸化する。細胞増殖、遺伝子発現、受容体制御、イオンチャネル・ゲーティング、アポトーシスなど広範な生理機能に関与することが分かっており、PKCの機能異常がさまざまな病気、癌などの原因となっている。 PKCは非常に多様な働きを持つため、機能異常に陥った場合多くの病気の発病に関わってくることが知られている。
PKC酵素が関係していることが明らかな病気としては、リューマチ、関節炎、喘息、脳腫瘍、癌、心臓血管疾患などが挙げられる。

† グリケーション:糖化反応(glycation)は1912年にLC Maillardがアミノ酸と還元糖を加熱すると褐色の色素が生成することを発見したことから、メイラード反応として知られるようになった。アミノ酸と還元糖が反応し、窒素配糖体を経由してシッフ塩基を形成した後、アマドリ転位によりその反応生成物を生じるまでの反応を初期段階、アマドリ転位生成物(2,3-エナミノール型とケト形の2種)以降を中期段階と呼ぶ。高血糖が続くとグルコースが赤血球のヘモグロビンと非酵素的に結合しヘモグロビンA1c(HbA1c)をつくる。健常者では糖化された、つまりメイラード反応をうけたヘモグロビンA1cの割合は4〜5%ですが、6.1%以上になれば糖尿病と診断される。
糖尿病患者に見られる褐色斑の形成にも、生体内で起きるメイラード反応の関与が示唆されている。褐色斑の原因となる色素にはAGEs(advanced glycation endproducts)と呼ばれるものが含まれているが、これらはメラノイジンの前駆物質だと考えられている。なお、糖尿病患者の症状として見られる白内障や血管組織の劣化は、正にメイラード反応におけるブドウ糖のアルデヒド基とクリスタリンやエラスチン、コラーゲンのような高寿命タンパク質のアミノ基の重合反応によって起きるタンパク質の変性に起因する。

† AGE:AdvancedGlycationEnd-products(終末糖化産物)グルコースなどの還元糖と蛋白質のアミノ基とが非酵素的に反応すると、Schiff塩基を経てAmadori化合物が生成する。その後、脱水、縮合反応を経て、不可逆的にAGEsを形成し、細胞障害的に働く。

† 酸化ストレスの亢進:生体の酸化反応と、抗酸化反応のバランスが崩れ、前者に傾き、生体にとって好ましくない状態。呼吸で発生する活性酸素や喫煙、糖尿病においては酸化ストレスが亢進する。ミトコンドリアは酸化的リン酸化によって生体に必要なATP の産生をおこなっており,定常状態においてもミトコンドリア内の電子伝達系から逸脱した電子が酸素分子と反応しスーパーオキシドアニオンが生成される.高血糖状態においてこの経路が亢進し,酸化ストレスが亢進する。

† 血管内皮機能障害:AGEを生成する過程で生じた悪玉の活性酸素は血管内皮を障害し、この糖化蛋白反応は血中の脂質の輸送蛋白であるリポ蛋白にも起こり、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が糖化されたり、AGEと結合する。これらの変性した悪玉コレステロールは代謝されにくいため血中に長くとどまり、動脈の内膜に蓄積して掃除役のマクロファージに取り込まれて泡沫細胞となり、アテローム(粥腫)の形成を促進し動脈硬化を促進する。


…これらの代謝系は相互に密接に関連しており、各々が単独で、あるいは相加的、相乗的に働いて最小血管症が発症・進展する。

 一方大血管症(脳血管障害、虚血性心疾患、閉塞性動脈硬化症)は動脈硬化によるもので、必ずしも糖尿病患者に特有なものではないが、糖尿病患者では進行しやすく重症化しやすいので注意を要する。特に、心血管疾患は、耐糖能異常(IGT)の時期から発症リスクが高くなることが注目されている。このほか、糖尿病足病変、皮膚病変、歯周病などがある。いずれも患者のQOLを著しく低下させ、生命予後に重大な影響をもたらす。

 ○最小血管症
 @網膜症  網膜症の初期には毛細血管瘤、点状出血、網膜浮腫などを認める。
進行すると、黄斑症、網膜前や硝子体内の新生血管の発生、さらに硝子体出血や網膜剥離を起こして視力障害へと至る。

網膜症の発症・進展の危険因子は、糖尿病の罹病期間、HbA1c高値、初診時に重症の網膜症あり、高血圧の合併、妊娠中である。

糖尿病診断時には必ず眼科を受診させ、網膜症の有無を評価する。以降も少なくとも年1回の定期受診が好ましい。増殖前網膜症までは1回/3〜6カ月、それ以降は1回/1〜2カ月を目安とする。糖尿病網膜症の早期では、厳格血糖管理を中心とした内科的管理が有効であるが、進行した場合は眼科的処置が必須である。
 A腎症  糖尿病腎症は、原則として検尿によって臨床的に診断する。無症状のまま、緩徐に進行し、ある一定の時期をすぎると、尿中アルブミン排泄量の増加、持続性蛋白尿から慢性腎不全という道をたどる。早期診断のためには尿中微量アルブミン量を測定する。

病期分類 第1期(腎症前期):尿中微量アルブミン陰性

       第2期(早期腎症):微量アルブミン陽性。糸球体濾過率やクレアチニンクリアランスは正常か軽度に上昇する。

       第3期(顕性腎症): 尿検査試験紙で持続性の蛋白尿陽性。腎機能がほぼ正常な場合は第3期A、クレアチニンクリアランス60mL/min以下または尿蛋白1g/日以上の場合は、第3期Bとする。

       第4期(腎不全期):腎機能の著明な低下。血清クレアチニン上昇。

       第5期(透析療法期):慢性腎不全により透析療法(血液透析または連続携帯型腹膜還CAPD)が導入される時期。


糖尿病腎症の主たる原因は慢性的な高血糖であり、腎症治療の基本は血糖コントロールである。特に顕性腎症期(第3期A)までは、食餌療法ならびに薬物療法による厳格な血糖コントロールが大切で、HbA1c値6.5%未満を目標にする。また血圧管理が血糖コントロールと同様に大切で、目標血圧は130/80mmHg未満、尿蛋白が1g/日以上の場合は125/75mmHg
未満である。降圧薬は、腎保護作用をもつアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)、降圧効果にすぐれた長時間カルシウム拮抗薬が第一選択薬として推奨されている。
 B神経障害  糖尿病神経障害は、代謝障害因子と血管障害因子が関与して起こる。高血糖の持続はシュワン細胞の脱落や増殖抑制、そして神経線維の軸索の変性を起こす。
さらに、循環障害による低酸素・虚血が神経障害に影響する。最近は酸化ストレスの亢進が重要視されている。主として知覚神経と自律神経が障害され、左右対称性びまん性神経障害(多発性神経障害、自律神経障害)と単一神経障害(脳神経障害、体幹・四肢の神経障害など)に分類される。

神経障害の危険因子は、糖尿病の罹病期間、HbA1c高値、高血圧、喫煙、アルコール飲酒などである。
一般的にみられる症状は多発性神経障害で、四肢(とくに下肢)に両側性に出現する異常感覚(しびれ感、じんじん、ぴりぴり感、灼熱感)やとくに夜間に増悪する四肢末端の自発痛(穿刺痛や電撃痛)が特徴的である。
自律神経障害には、無自覚性低血糖、起立性低血圧、無痛性通性(非定型的)心筋虚血、胃無力症、便通異常、無力性ぼうこう、勃起障害(ED)などがある。いずれも患者の苦痛は大きくQOLを損なう。進展した患者では突然死の原因となる。

対策としては、禁煙、禁酒などの生活習慣の改善とともに、厳格血糖コントロールである。ただし、長期間高血糖が持続していた場合に急激に血糖を下げると、神経障害が悪化することがあるので注意を要する。


 
○大血管症

 動脈硬化性病変であり,糖尿病に特有な合併症ではない。その危険因子は,加齢,男性,高血圧,脂質代謝異常,高血糖,肥満,喫煙で,さまざまな生活環境の因子が関与している。2型糖尿病でも,内臓脂肪蓄積型肥満を上流に,高血圧,高脂血症,血糖高値が惹起されるメタボリックシンドロームから糖尿病に至った症例では,とくに心血管疾患(虚血性心疾患や脳血管疾患)のリスクが高い。IGTのときから頸動脈内膜中膜複合体の肥厚が認められることが国内外の臨床試験で報告されているが,酸化ストレス亢進による血管内皮障害に起因するものと考えられている。

 @脳血管障害 糖尿病はアテローム血栓性脳梗塞とラクナ脳梗塞の危険因子である。
糖尿病患者における脳血管障害の特徴は中小の梗塞が多発することで、多くの場合症状は軽い。しかし、一過性脳虚血発作を繰りかえし脳血管性の認知症に至ることが多いので、早期発見・早期治療が大切である。治療は一般的な脳血管障害の治療と変わることはないが、血糖管理については、初期には低血糖に留意し、徐々に厳格にコントロールする。一般に、糖尿病患者における脳血管障害は予後不良である。
 
 A虚血性心疾患  糖尿病患者では、心筋虚血があっても典型的な症状をとらず、無痛性無症候性のことが多い。また、心筋梗塞では多肢病変が多いこと、PTCA(経皮的冠動脈形成術)後の再狭窄が多いこと、心筋梗塞後に心不全を併発しやすく生命予後が悪いこと,が特徴である。また,再梗塞を起こす頻度は糖尿病がない場合の4倍にも達する。
症状が軽いだけに見過ごされやすいので,冠状動脈疾患を疑ったときには,心電図による診断(運動負荷心電図,トレッドミル負荷試験,心エコー検査,心筋シンチグラム)を施行する。原因不明の血糖コントロールの乱れ,下腿浮腫,肺水腫,不整脈などがあったときには急性心筋梗塞を疑い,血液検査(CPK,LDH,AST,ALT,WBC,CRPなど)を行う。
 B閉塞性動脈硬化症  糖尿病患者における閉塞性動脈硬化症の頻度は非糖尿病患者の約4倍で,下肢切断の原因となる。糖尿病患者では糖尿病性神経障害を伴っていることが多いので,虚血による痛みを感じにくい。
病変はびまん性で,大動脈より末梢に認められることが多い。病期診断にはFontaine分類(I度:冷感,しびれ感,II度:間歇性跛行,III度:安静時疼痛,IV度:皮膚潰瘍,壊疽)が用いられるが,順に虚血は重症となる。
四肢末端の皮膚色調の変化,皮膚温の低下,下肢動脈(足背動脈,後脛骨動脈,膝下動脈)の拍動低下や消失,血管雑音の聴取を行う。足関節収縮期血圧/上腕収縮期血圧(ankle-brachial index:ABI)が0.9以下の場合は,動脈の閉塞性病変が強く疑われ,0.5以下では重症である。


† 閉塞性動脈硬化症のFontaine分類(フォンテイン分類)

 Fontaine 1度(もっとも軽症) 下肢の冷感や色調の変化

 Fontaine 2度 間歇性跛行(かんけつせいはこう) - 数十から数百m歩くと痛みのため歩行継続不可能になる症状。なお、腰部脊柱管狭窄症でもみられるため鑑別が必要。

  Fontaine 3度 安静時疼痛 Fontaine 4度(もっとも重症) 下肢の皮膚潰瘍。糖尿病などによる末梢神経障害がない限り、患者は激痛を訴える。

  Fontaine 5度 下肢の壊死。下肢の温存は不可能であり、切断の適応となる。
その他の症状として、陰萎がある。


 ○その他の合併症
 @歯周病  糖尿病患者では歯周病の罹患率が高く,とくに血糖のコントロールが悪い場合は重篤な骨吸収を伴う歯周炎の併発例が多く認められる。
歯周病は歯と歯肉の間の溝にグラム陰性桿菌が感染することに起因する慢性感染症であり,リスク因子として,加齢,肥満,高血糖,糖尿病の罹病期間,口腔内衛生など多因子が挙げられる。
発症機序の詳細は不明であるが,高血糖による好中球の機能不全,微小血管障害,コラーゲン代謝障害,歯根膜(歯周靭帯)線維芽細胞の機能異常による感染の助長,AGEの炎症性組織破壊の関与などが考えられている。歯周病の重症化や創傷治癒不全は最終的に歯の喪失につながる。また,口腔内の症状として,口渇や味覚異常等がみられることもある。
定期的な検査により早期に発見すること,口腔の衛生と血糖と肥満の管理が大切である。
一方,歯周病が糖尿病を増悪させるリスクファクターとなる可能性も示唆されている。たとえば,歯周治療によって歯周組織の炎症・口腔機能が改善した結果,HbA1cなどの数値が改善する場合がある。また,動脈硬化の進展には軽微慢性炎症が関与するといわれており,歯周病はその要因としても重要である。
 A糖尿病足病変  壊疽や皮膚潰瘍などの足病変が,糖尿病患者においてしばしば認められる。下肢の閉塞性動脈硬化症による血管閉塞が主たる原因の壊疽は50%以下で,ほとんどは糖尿病神経障害と微小循環を含む血行障害という素地に,外傷や感染が加わって発症する。
感覚異常による低温火傷や靴ずれ,胼胝,足の変形など些細なことが誘因となる。
禁煙,定期的な足の診察,靴の選び方や爪のきり方の指導,皮膚科医による爪の変形や白癬の治療,あんかや湯たんぽの使用禁止など,フットケアの指導が大切である。また,皮膚潰瘍で径2cm以上,深さ5mm以上の場合は下肢切断のリスクが高いので,骨髄炎の有無を単純X線で評価するとともに専門医の診察が必要である。
 B皮膚病変  糖尿病患者では30〜70%に何らかの皮膚病変を認める。
比較的特異的なものとしては,前頸骨部色素斑(糖尿病性デルモパシー),リポイド類壊死症,環状肉芽腫などがある。

また,微小な血管障害による結合織障害であるデュピュイトラン拘縮(手掌腱膜の線維化と拘縮)や,血糖コントロール不良症例にみられる後頸部の浮腫性硬化症は,治療に抵抗する。このほか,糖尿病に特有ではないが,皮膚掻痒症,悪化しやすい湿疹,頑癬,種々の白癬,さらには,毛包炎,せつ,よう,蜂窩織炎などの多彩で比較的重篤な皮膚感染症が発生する。いずれも,皮膚科的治療とともに,糖尿病の厳格管理が要求される。



 ○比較的レベルの高いエビデンスが存在し「糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン」で明確になった事項
 1.糖尿病患者では歯周病の発症や進行のリスクが高く、再発しやすいことから、サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)の間隔は短くすべきである。
 2.糖尿病患者の歯周治療において、局所抗菌療法が有効である。
 3.糖尿病患者と健常者の歯周基本治療の効果や抜歯の術後経過に差はない。
 4.糖尿病患者に歯周治療を実施する場合には、グリコヘモグロビンHbA1cを6.5%以下に維持するのが望ましい。
 5.歯周病の治療を行うと、糖尿病の病態が改善する可能性がある。