№140「歯科疾患と不眠症」

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 №140 「歯科疾患と不眠症」



You don't know how hearts burn 焼かれる魂の苦しみをあなたは知らない
For love that cannot live yet never dies 生きるでもなく死ぬこともない恋
Until you've faced each dawn with sleepless eyes 眠れないままに夜明けを迎えるまで
You don't know what love is あなたは愛が何か理解できない
(“You don't know what love is”より)

別に成就しない恋に涙を流さなくても、眠れなくなる原因は世の中にたくさんあります。

不眠症「インソムニア(Insomnia)」、睡眠障害「Sleep Disorders」は、次の4つに分類されます。

1. 入眠障害:床についてから眠るまでに一時間以上必要。
2. 中途覚醒:睡眠中に2回以上覚醒し、その後なかなか寝つけない。
3. 熟眠障害:起床時によく眠ったという実感が得られない。
4. 早朝覚醒:通常の起床時間より2時間以上早く目が覚める。

よく眠れない場合、大脳が充分に休むことができず、ニューロンの過剰活動による細胞毒が解毒されないため神経細胞が死に、また過度の学習や記憶により脳がオーバーヒートしてしまいます。脳下垂体からの成長ホルモンの分泌が低下し、生体の修復機能が障害され、細菌やウイルスに対する抵抗力がなくなる他、血流量が低下すると唾液分泌量も減るために、むし歯や歯周病にかかりやすくなります。眠りを強制的に奪う連続的な断眠実験を行うと動物は必ず死に至ります。

また90分ごとに繰り返される睡眠深度のサイクルにおいて、深い睡眠から浅い睡眠に移行する際に強い歯ぎしりが起るとされていますので、眠りが浅くなると歯ぎしりの時間が長くなり、その力も強くなるために、歯冠・歯根破折を起こしやすくなります。また咀嚼筋や顎関節に強いストレスが加わり、ダメージが蓄積しやすくなります。またこれらの痛みや不快感が眠りを浅くするという悪循環を起すようにもなります。

したがって初めて歯科診療室を訪れた患者さんに睡眠障害があるかどうかをお聞きすることは、問診の重要なステップになり、睡眠障害のある患者さんではその原因が取り除くことのできるものかどうかを、患者さんの既往歴、投薬歴、生活習慣、慢性痛の有無、家族歴などから判断する必要があります。

もちろん睡眠障害は歯科の担当疾患ではないので、専門的に介入することは慎んでいますが、明らかに患者さんの歯科疾患を不眠症が修飾している場合は、専門機関と連携してできるだけその症状の改善を図り、一般的なアドバイスを行います。

一般によく言われる睡眠障害の原因概念として5つのPが挙げられています。

① Physiological(生理学的)原因
② Psychological(心理学的)原因
③ Psychiatric(精神医学的)原因
④ Physical(身体的)原因
⑤ Pharmacological(薬理学的)原因

①Physiological(生理学的)原因
 
 日勤と夜勤が組み合わされたシフトなどの不規則な就寝時間、時差ぼけや夜更かしや朝寝を繰り返す習慣など生活習慣のリズムの乱れ、長すぎる昼寝、交通騒音や生活雑音、寝室の過度の乾燥や湿潤、コーヒーやお茶の過剰摂取、晩酌習慣、喫煙習慣、日中の運動習慣の減少などにより不眠が起りやすくなります。

 例えば寝酒(ナイトキャップ)により入眠しやすくなりますが、眠りは浅くなり、中途覚醒や早朝覚醒を起こしやすくなります。もともと中枢神経抑制剤であるエチルアルコールは少量では大脳皮質を抑制し理性の枷を外し、気分を高揚させますが、摂取量が増えるにつれて情動を司る大脳辺縁系が抑制されいわゆる酩酊状態になり感情失禁などを起し、ついで呼吸や循環などの生命維持システムである脳幹まで抑制されると窒息し死んでしまいます。

従って血液中のアルコール濃度がほろ酔いから軽い酩酊状態になるまで高まれば、大脳皮質からの脳幹網様体への下降インパルスが失われ、大脳皮質を刺激し続ける脳幹網様体賦活系の覚醒機能が抑制されて意識レベルが低下し入眠します。次いで就寝中に肝臓でアルコールが代謝されて血液アルコール濃度が低下すれば、逆にその興奮作用が表に表れ、脳は覚醒してしまいます。

アルコールは肝臓内でアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに分解され、さらにそれがアルデヒド脱水素酵素により分解されて酢酸に変わります。酢酸はアセチルCoAに変わり、細胞内のミトコンドリア内のTCA回路(クレブス回路またはクエン酸回路)で代謝され細胞を駆動する生体エネルギー通貨であるATP(アデノシン三リン酸)に変わり、最終的には炭酸ガスと水に代謝されます。炭酸ガスは呼気から排出されますが、水分は汗になる他は膀胱に溜まるため尿意を誘発し、トイレに行くために覚醒することになります。

またアルコール依存者の場合は、恒常的なアルコール摂取により脳幹網様体賦活系(RAS)に耐性が生じ、少量のアルコールではRASが抑制されなくなります。その結果、眠れないために徐々にアルコール摂取量が増えることになります。そのような状態で飲酒を中断するとRASは興奮状態に入りやすくなるために不眠状態が続くことになり、例え眠ることに成功しても深い睡眠を得ることがむつかしくなります。

次に、喫煙者はニコチンへの依存状態にあるため、就寝中に血中ニコチン濃度が一定以下に低下すれば、ニコチン禁断症状のために覚醒しやすくなります。

またコーヒーやお茶の場合はカフェインの薬理作用により、一定以上のカフェインを日中に摂取すれば、当然不眠を招き、また利尿作用のために、中途覚醒を起こします。

不眠を自覚される方は、規則正しい生活リズムの形成、日中の運動量の確保とともに、まずこれらの嗜好品の摂取制限を行う必要があります。就寝前4時間以内のアルコールやカフェイン摂取を避け、また就寝1時間以内の喫煙も避ける必要があります。

・老人の原発性不眠:高齢者では睡眠リズムの形成障害など睡眠の老化が起きます。

②Psychological(心理学的)原因

眠れない夜が続くと、眠らなければならないという切迫した気持ちや強迫観念がますます私達を追いつめます。入眠を焦る気持ちが逆に大脳の興奮を招き、かえって眠れない夜に苦しむことになります。

眠れないときには無理に眠ろうせず、意識を睡眠努力から開放し、軽い読書や小音量のホワイトノイズか音楽、筋弛緩法や自律訓練法(別稿参照)などで心身をリラックスし、自然な眠気が訪れるまでゆったりと待ちます。このとき、寝室は眠ることだけに使い、読書や飲食、TV、パソコンなどは寝室以外で行う習慣が勧められています。

・ 神経質性不眠

生活上の様々な心配事を反芻するのは眠りを妨げます。ストレス、つまり強い自責の念、親族の死や失職、子供の進学問題、家庭不和、学業不振、経済不安、重すぎるノルマなどのライフイベントは私達から眠りを奪います。

人生におけるトラブルは就寝前に悩んでも、まったく悩まなくても結果に違いがありません。明日、活力を取り戻した新鮮な脳で対処したほうがうまくいきます。このとき、積み重なるノルマや問題のすべてを全部解決しようと考えないことが大切です。たいがいの問題は、計画したことの半分ほども達成できればかなり成功している方で、課題に優先順序をつけ、もっとも緊急性の高いものから明朝対処し、全力を尽くしたら後は天命に任せます。就寝前に悩むのは悩むだけ身体を壊すために損、心身とも元気のある明日の朝に新鮮な気持ちで悩みましょう。

③Psychiatric(精神医学的)原因

よく知られていることですが、うつ病やうつ状態に伴う重要な随伴症状として睡眠障害があります。この他、統合失調症や躁病、神経症などの初発症状として睡眠障害はよく観察されます。

うつ病の場合、90%に睡眠障害が起きるとされ、早朝覚醒が特徴的ですが、不安や焦燥感が強い激越性うつ病では入眠障害も起きると言われています。

統合失調症も初期症状として不眠が認められ、身体が休息する深い眠りであるノンレム睡眠が障害され、中途覚醒が起きるのが特徴です。統合失調症は思路障害や妄想、幻覚が特徴です。脳は入力された情報を脳の中に蓄えられているたくさんの概念を用い、集積されている記憶のデータベースと照らし合わせ、一定の手順で出力を生み出し、これを思考(思路)と呼びますが、統合失調症ではこの思路が様々な形で断裂したり、スピードが変化したり、重なったりしてスムーズに機能しなくなると説明されています。昼間、過剰に覚醒した状態にあり、意識する対象が周囲の様々な対象に拡大しさまようために、過剰な緊張状態に陥り不眠に至るのではと推定されています。
この他、躁病では精神が高揚し、興味の対象が次々と移ろい、睡眠時間が極端に短くなり、活発に活動し続けます。

いずれにしても初期症状として現れる不眠症状を見逃さないようにして、専門家による適切な治療を受ける必要があります。

この他、老年期痴呆に伴う不眠があります。アルツハイマー型痴呆や脳血管障害では脳の萎縮に伴う機能低下に伴い、睡眠リズムをつくる機能も低下するために、睡眠の質が低下し、概日リズム障害が起り、昼夜の逆転現象や徘徊、興奮、譫妄など特有の症状が出現します。

④Physical(身体的)原因

・ 椎間板ヘルニアや子宮内膜症による痛み、癌の転移による痛みなど身体の痛み

・ アトピー性皮膚炎や疥癬、老人性掻痒症などによる痒み

・ 喘息や呼吸器障害などによる咳

・ 夜間頻尿

・ 睡眠時無呼吸症候群(SAS):睡眠が深くなろうとすると咽喉の筋肉が弛緩し、舌根が咽喉に落ち込むために気道が閉塞し、呼吸停止するために中途覚醒や熟眠障害も起こします。(閉塞性SAS)SASには中枢性のものもあり、脳幹部梗塞による中枢性低換気や筋ジストロフィなどによる呼吸筋麻痺、呼吸筋を運動させる脳の指令(呼吸ドライブ)の不全などによりSASを起こします。純粋な中枢性SASは5~10%だとされますが、SASの大半は閉塞性と中枢性の大半であると言われています。
SASを治療しない場合、10年後の死亡率は50%くらいという怖い数字も挙げられています。
  
・ 周期性四肢運動障害(睡眠時ミオクローヌス症候群):睡眠中、特に浅いノンレム睡眠のときに下肢の筋肉(母趾や足関節の背屈)に周期的なれん縮が起きます。入眠障害や中途覚醒を起し、普通患者さんはそのことに気がついておらず、眠っている筈なのに熟眠感が得られません。60歳以上の方の34%が罹患していると言われる高頻度に起る疾患で、原因は不明ですが、抗うつ剤、抗癲癇薬、ベンゾジアゼピン誘導体を服用している人、鉄欠乏性貧血や腎透析治療を受けている人に起きやすいと言われています。

・ むずむず肢症候群(レストレス・レッグ症候群):眠ろうとすると下肢がむずむずして眠れない病気で、「蟻が這っているような感じ」など異常な感覚が足や腰、その他の全身に表れることもあり、入眠障害や中途覚醒が起きます。日本人の1%に認められるとされ、神経伝達物質のひとつであるドーパミンの合成異常などが疑われています。高齢者、鉄欠乏性貧血や妊婦、腎透析患者に認められます。

・ 外にも夜間狭心症、糖尿病などの内分泌疾患、長期透析など。

⑥ Pharmacological(薬理学的)原因
不眠を訴える患者さん尾の常用薬を確かめる必要があります。

・ カフェイン
・ エフェドリン
・ ステロイドホルモン
・ 降圧剤:インデラルなどのβブロッカーの副作用として悪夢をよく見るようになることが知られており、不眠を起こしやすくなると言われています。
 βブロッカーは交感神経のアドレナリン受容体のうち、β受容体のみを遮   断し、心臓の収縮力を弱くし血圧を下げます。
・ ステロイドホルモン:異常行動、いらいら感、不眠症、情緒不安
・ 経口避妊薬
・ 抗結核薬
・ 抗炎症剤
・ 抗がん剤
・ インターフェロン
・ 喘息の治療薬であるテオフィリン
・ ナルコプレシーの治療薬である中枢神経刺激薬(ペモリンや塩酸メチルフェニデート)
・ 睡眠薬や抗うつ薬の急激な中断
・ アルコール依存症患者


○ 不眠症の治療(工事中)

参考文献;
1.「睡眠の正常と異常」大熊輝雄、宮本忠雄著 こころの科学セレクション
2.「精神科必修ハンドブック」堀川直史、野村総一郎著 羊土社
3.「脳神経疾患ビジュアルブック」学研
4.「精神疾患・痴呆症をもつ人への看護」小林美子、坂田三允著 中央法規
5.「ブラキシズムの臨床」佐藤貞雄、玉置勝司、榊原功二著 クインテッセンス出版株式会社