№139「歯科領域の慢性疼痛」

本文へジャンプ 11月1日 
 ホーム  お口の話歯のハナシ

  
 №139「歯科領域の慢性疼痛」



 数ヶ月から数年に亘り続くお口や顎や顔面、眼、鼻、頭部、顎関節部、頚、背中等の慢性的な痛みはネガティブな情動反応を持続させ、その結果、深刻なうつ症状や睡眠障害を引き起こし、それがまた痛みを修飾・増悪させる悪循環を引き起こします。

痛みは警告反応として私達の身体を守る役割を果たしていますが、痛みの原因となった組織の損傷がなくても痛みが続くことがあります。

口腔外科や神経内科、脳外科、耳鼻咽喉科、眼科、ペインクリニック、精神科、歯科等を複数受診しても強い痛みがとれずに心身は疲弊し、気分は落ち込み良く眠ることができなくなり、食欲不振、便秘、焦燥感など次第にうつ状態が進行していきます。

一般的に口腔領域の「痛み」の原因は次の4つに大別できます。ある痛みの原因は個別のものとは限らず、これらの4つの原因が混合している場合も多々観察できます。

1) 組織への侵害刺激や組織の損傷による痛み:歯髄炎の痛み、歯根破折、歯根膜炎の痛み、咀嚼筋の筋筋膜痛、骨膜炎の痛み、骨髄炎の痛み、上顎洞炎の痛み、唾液腺炎の痛み、骨折の痛み、など

2) 末梢神経の損傷や機能異常による痛み:(末梢性神経因性疼痛)末梢神経の外傷性神経腫、末梢神経の過敏化、複合性局所疼痛症候群(CRPS complex regional pain syndrome※1)など。三叉神経痛、口腔領域の帯状疱疹後神経痛、糖尿病性ニューロパシー(※2)など。

(※1CRPSは外傷、手術、その他の組織損傷の後遺症であると考えられます。痛みが続くとその部分の交感神経が緊張し、部分的な血液の循環不全が起り、酸素や栄養分の不足を招き、ブラジキニンやヒスタミンなどの発痛物質が分泌され痛みが増強する現象。)
(※2糖尿病性ニューロパシーとは糖尿病の進行に伴うしびれ感と疼痛、筋肉の萎縮や筋力の低下を起す神経炎。)

3) 脊髄や脳に障害があるための痛み:(中枢性疼痛Central pain) 末梢の受容器からの入力がないのに強い痛みを感じる。脊髄損傷、多発性硬化症、脳卒中後痛(※3)、パーキンソン病(※4)など
(※3脳卒中後痛とは、麻痺側の筋肉や骨や関節の拘縮の痛みと視床の出血や梗塞による視床痛、大脳の出血・梗塞・脳幹病変による脳の中での痛みの両方があります。)
(※4多くのパーキンソン病の患者が筋肉深部の痛みや痛みを伴う痙攣を経験します。)

4) 器質的な障害がない不定愁訴:疼痛性障害(※5)、身体化障害(※6)、身体表現性障害(※7)、心気症、大鬱病性障害、統合失調症など。
(※5疼痛性障害pain Disorder 脳の中のセロトニン神経系ネットワークの機能不全が原因と推定されます。疼痛の原因となる器質的疾患がないのに、激しい痛みが続くのが特徴。比較的患者さんの数は多いと思われます。局所麻酔薬、鎮痛剤、世親安定剤、睡眠薬や神経節ブロックは無効であり、抗うつ薬が有効。痛みと共存できる方法を学ぶしかないと言われています。)
(※6身体化障害somatization disorder:原因は不明。多彩な身体不定愁訴を特徴とし、30歳以前に発病し長期的な経過を辿り、いわゆる仮病ではなく本当に患者は様々な症状を感じています。病因については様々な見解がありますが、言語化できない内面の葛藤を身体症状として無意識に表出しているという説があります。頭痛、めまい、吐き気、咽喉がつまる感じ、耳鳴、月経痛、月経不順、腰痛、関節痛など2つ以上の胃腸症状、1つ以上の性的症状、1つ以上の偽神経学的症状を伴うのが特徴。)
(※7身体表現性障害: 疼痛性障害や身体化障害は身体表現性障害の中のひとつのカテゴリー。原因器質疾患の認められない痛みやしびれ、吐き気などの身体症状が特徴。心理社会的要因との関係が深い。)

1) 組織への侵害刺激や組織の損傷による痛み

① 筋筋膜痛:

筋肉や靭帯の中のトリガーポイントtrigger pointが活性化して生じる痛み。就寝中の歯ぎしりや日中の無意識の習慣的な噛みしめなどにより、筋肉や靭帯、腱、関節包、皮膚、骨膜の中に紐(ひも)状のしこり、つまりトリガーポイントが形成されます。トリガーポイントには,筋の慢性的な緊張により循環が滞った結果,ブラジキニンや乳酸などの発痛物質が溜まっていると推察されています。

潜在性のトリガーポイントは押したときだけ痛みますが、活動性のトリガーポイントは自発痛、圧迫痛、持続的な関連痛を生じさせ、歯や歯肉、顎関節などトリガーポイントから離れた部位が痛みます。
例えば、咬筋や側頭筋にできたトリガーポイントは上下顎大臼歯部の歯痛として感じますし、内側翼突筋や外側翼突筋のトリガーポイントの痛みは顎関節痛として発現します。胸鎖乳突筋のトリガーポイントは頭痛を生じさせ、僧帽筋のトリガーポイントは下顎各部の痛みを引き起こします。

通常、筋筋膜痛の患者さんは片側臼歯部のうずくような痛みが主訴で来院され、歯や歯肉に異常所見は認められません。どの歯が痛いのか明示することはできず、打診や冷水痛は認められません。浸潤麻酔を疼痛を訴える部位に行っても痛みが軽減しないことが重要な特徴であり、逆にトリガーポイントを浸潤麻酔すると関連痛の60%は和らぎます。(0.5%リドカイン1.5mlをトリガーポイントに注射します。)

筋の系統的な触診を行なうと、患者さんが痛みを訴えるトリガーポイントが存在し、歯痛や歯肉の痛みが強くなります。

治療法としては、強い喰いしばりや歯ぎしりを自律機能訓練法で和らげる、就寝中にスプリント、日中にNTI deviceを使う、矢状顆路角に一致した適切な犬歯誘導を与える、臼歯部の咬頭干渉を軽減する、筋肉のストレッチ、マイオモニター療法、虚血性局所圧迫法、鍼灸、オステオパシ-治療、マッサージ、指圧、カイロプラクティックそしてトリガーポイントインジェクションがあります。(27Gゲージの1~2センチの針を用いて、0.5%リドカイン1.5ml+ステロイドをトリガーポイントに注射。)副作用としては皮下血腫、感染、筋肉の変性などがあります。

② 疼痛性障害
③ 非定型歯痛
④ 三叉神経痛
⑤ 急性上顎洞炎
⑥ 帯状疱疹により歯痛、顔面痛
⑦ 群発頭痛
以下別項。(参考文献 「OFPを知る」井川雅子、今井昇、山田和男著 クインテッセンス出版株式会社/Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual; The Trigger Point Manual; Vol. 1. The Upper Half of Body  by Janet G. Travell, David G. Simons Publisher: Lippincott Williams & Wilkins)