№135「歯科診療に潜む50の魔物」

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   №135 歯科診療に潜む50の魔物



 歯科臨床家にとって冠やブリッジあるいは義歯を設計するときに、あるいは歯科治療そのものを行うに際し、より注意深い対応が必要になるケースは多種多様であり、予想もしない新しい困難にぶつかることが珍しくありません。

思いつくままに歯科臨床における代表的なリスクファクターの一部を挙げても、たちまちのうちに紙面を覆いつくすこと必定で、歯科臨床がいかに危うい隘路を辿っているものか、あらためて実感することになります。

まだまだ歯科診療室につながる四次元空間には、想像もつかない魔物が潜んでいるものと思われます。



○歯科臨床に潜む50の魔物

1. 強いブラキシズムやクレンチング(歯ぎしりや噛みしめ)

2. 「すれ違い咬合」

3. 少数残存歯

4. 顎関節症

5. 下顎の位置の不安定さ(どこで噛んでいいのか分らない)

6. 神経筋機構の異常や感覚神経障害(脳梗塞後遺症による麻痺や感覚異常など、一部は5.や40.と共通します。)

7. 歯質の脆弱化・老化(硬くて脆い歯、根管の消失)、歯根の変形、短根歯、エナメル質や象牙質の形成不全、結合組織形成不全性疾患

8. 唾液分泌障害(シェーグレン症候群、ストレス、薬物など) 酸蝕症

9. タバコや酒、酸、柑橘類、特定のサプリメント、嗜好品(チューインガム、飴、炭酸飲料、スポーツドリンク、ドリンク剤、果汁など)、各種薬物への耽溺

10. 顎に押し当てる楽器の演奏や枕に頬を押し当てる睡眠態癖(枕に頬を押し当てる、うつ伏せに寝る)、鼻詰まり、指しゃぶり、舌突出癖、咬唇癖などの異常習癖、パイプ

11. 重症歯周病と歯牙支持組織の喪失進行

12. 有害な口腔衛生習慣(オーバーブラッシングや大きすぎる歯間ブラシ、フロスによる外傷、過剰な研磨効果を持つ歯磨剤、電動歯ブラシへの過信など)

13. 頬側の歯槽骨や歯肉のボリュームの不足

14. 顎骨の発育不足または過剰発育

15. 不正咬合 咬み合わせや歯列の変形

16. 歯科矯正治療の既往

17. 歯根の近接を伴う埋伏智歯や過剰歯

18. 顎顔面頭蓋骨の変形や先天性疾患

19. 原因不明の慢性的疼痛や激痛

20. コントロールされていない糖尿病などの内分泌疾患

21. 新型インフルエンザなどの感染症

22. 出血性素因や抗血小板製剤、抗凝固剤の投与

23. 腎透析または腎不全

24. 重度の貧血

25. 高血圧

26. 新鮮な心筋梗塞の既往または心拍出力の低下、低血圧

27. 悪性腫瘍や白血病、頭頚部へのラジエーションの既往

28. 臓器移植者

29. 肺気腫

30. 肝硬変

31. 加齢

32. 運動習慣の喪失

33. 多種の薬物投与 抗コリン製剤やステロイドなどの投与

34. 女性(リウマチ・骨粗鬆症など性差のある歯科に影響を及ぼす疾患、黒色色素産生菌など)、妊婦

35. 乳幼児

36. 骨粗鬆症 (ビスフォスフォネート製剤の投与)

37. 薬物アレルギー、喘息

38. 金属アレルギーや化学物質過敏症

39. 強度の嘔吐反射

40. 嚥下反射や嘔吐反射の衰えている人

41. 忙しすぎる人や強い疲労の蓄積のある人、強度の持続的ストレス

42. 睡眠障害や睡眠時無呼吸症候群

43. 情緒及び知能の発達障害や記銘・推論能力の低下、喪失

44. 心身症あるいは各種精神疾患、ボーダーライン

45. 強い歯科医療への不信、強度の歯科恐怖症

46. 各種犯罪性向(詐欺で得た収入を歯科治療費の支払いに充てる、他人の保険証を使うなど)

47. 医療機関側の対応できない言語が母国語(特に乳幼児の場合)

48. 中途半端な歯科情報や医学情報の盲信、診断や治療方法への固執

49. 術者の疲労、思い込み、傲慢、傾聴・共感能力の欠如、準備不足、技量・学識の未熟、施設・設備の不足、保険制度や医療制度の不備、歯科医療に対するネガティブ・キャンペーン、不況やリストラ、無保険

50. 同業者

50.は好みの問題で、治療中にあれこれと患者さんから指図されることを気にしなければさして問題にはなりません。

1. のブラキシズムが歯科臨床の大敵であることは以前に詳述させていただきましたので、今回は「すれ違い咬合」について考えてみたいと思います。



「すれちがい咬合」は上下の顎の歯の欠損が互い違いになっている状態を指し、以下のような特徴を持っています。

① 奥歯を含む多数歯の欠損のために、咬み合わせの力を支える上下の咬み合わせが失われている。

② 左右の欠損部位が上下反対になっているか、前後で反対になっており、それぞれの咬み合わせがすれちがっているため咬み合わせの力を支える場所がないか不足し、深く咬みこむと下顎が上顎にめり込んでしまう。

「すれちがい咬合」を義歯で治療した場合、顎堤にかかるアンバランスな咬み合わせの力は、下顎を偏位・回転させるために、顎堤の吸収や、支台歯(ブリッジの土台の歯)や鉤歯(こうし、義歯のバネのかかる歯)の破壊が起きやすく、比較的短い期間で、ブリッジや義歯が破壊されることが予想されます。

また義歯の安定が得にくいため、咬み合わせる度に義歯が大きく動いて満足に機能しません。

従来、「すれちがい咬合」に対処するにはオーバーデンチャー(歯根の上にかぶせる義歯)かコーヌスデンチャー(内冠の上に外冠をかぶせる二重構造の取り外せるブリッジつき義歯)により、均等な咬み合わせを期待するしか対策がありませんでした。

最近は外科的な条件と経済的条件が満たされれば、欠損部にインプラントを埋入することにより、両側でバランスのとれた咬み合わせを再建することが可能になっています。

しかしここで注意しなければならないことは、もともとなるべくして「すれちがい咬合」は生まれているわけで、例え、インプラントで再建したとしても、もともとその患者さんが備えている「すれちがい咬合」の成立要因に対する対策を考慮しない限り、長期的にはインプラントの破折など、インプラント補綴による咬合再建さえも崩壊するリスクを孕んでいると考えています。

現在、「すれ違い咬合」の成因については、形態と機能のアンバランスが関係しているのではないか愚考しています。

例えば人体はもともと内臓の配置や脳機能などに認められるように、形態と機能に左右差があり、歯列や咬合についても、頭蓋骨や顎骨の大きさの左右差やスピーの彎曲の強さ、大臼歯の配列余地の左右差、上行枝や顆頭の大きさと形態などに左右差が認められます。

顎咬合系の機能的左右差が許容範囲を超えて大きな場合、機能時に下顎を回転させるようなベクトルが加わり、平衡側の咬頭干渉や偏位機能側の下顎大臼歯部の舌側傾斜などが起き、顎関節の老化やアンバランスな歯牙の喪失が進むのではと推定しています。

また「すれ違い咬合」型欠損を抱える患者さんの多くは就寝中の歯ぎしりを疑う徴候(下顎骨隆起の発育や歯牙の咬耗、舌圧痕、咬合面の磨耗、アブフラクションなど)を持っており、睡眠障害や睡眠態癖が影響している疑いがあります。

対策としては歯ぎしりを行ったときに大臼歯部が離開する生理的な前歯の接触や整った咬み合わせの平面、就寝中のスプリント装着、深い良質な睡眠、ストレスマネージメント、自己暗示療法、リカバリーできる補綴設計などが挙げられますが、まだ研究の余地は大きく、決定打と言えるものはありません。

6月7日の「むし歯予防デーを控えて、体力を温存するために、この詳細については、日を改めて考えて見たいと思います。