№120「誰がクック・ロビンを殺したのか?」脳内出血妊婦診療拒否による死
本文へジャンプ 10月25日 
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       №120「誰がクック・ロビンを殺したのか?」脳内出血妊婦診療拒否による死





 先日、激しい頭痛を訴える妊婦が都立墨東病院(墨田区)や東大病院、順天堂大病院、慶應病院など7病院から受け入れを断られ、脳血管障害のために死亡するといういたましい事件がまた再発しました。以前にも奈良県で2006年8月に妊婦が19病院に搬送を断られ、脳出血で死亡した事件がありましたが、今回は日本でもっとも医療施設が集中しているはずの東京都で発生した点に関係者は危機感を感じています。

特に、都立墨東病院は、リスクが高い新生児と妊婦に24時間態勢で対応する総合周産期母子医療センターに都から指定されているにもかかわらず、産科医不足もため、週末は一人の研修医が当直をしていただけで、対応できなかったことが問題視されています。

Who killed Cock Robin?   誰がクック・ロビンを殺したの?
I, said the Sparrow,     私よ、と雀が言った
With my bow and arrow,   私の弓矢で
I killed Cock Robin.     駒鳥を殺したの。

マザーグースの有名な詩はこの後も延々と続きますが、因果関係が積み重ねられるほどその本当の原因は分らなくなることがあります。

 東京で妊婦が病院への搬送を次々と断られ死亡した事故について、舛添厚生労働大臣が会見で病院や東京都の対応を厳しく批判、その後、最初に搬送を断った都立病院を視察しました。

「一番(医療態勢が)進んでいるといわれる東京都で、こういうことが起こったということは非常に重く感じています。週末に当直医が1人しかいない、なんでこれが周産期医療センターといえるのか。東京都に改善してもらわないといけない問題が山積している」(舛添要一 厚労相)(TBSニュース10月24日オンライン版より引用)

しかし日本の厳しいスパルタ的な管理医療体制のもとで、非常勤産科医が退職した状況下で懸命の努力を行なっていた現場を責めるのはいささか筋違いではないかとの思いがあります。

もともと「医療費亡国論」のもとに、医師数の削減を指導してきたのは行政です。

1983年に「社会保険旬報」に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」という論文に、当時の厚生省保険局長であった吉村仁氏が「このまま医療費が増え続ければ国家がつぶれるという発想さえ出ている。これは仮に“医療費亡国論”と称しておこう」と述べ、以後、日本の厚生行政は以下のような考えに基づいて行なわれています。

1)医療費亡国論:このまま租税・社会保障負担が増大すれば、日本社会の活力が失われる
2)医療費効率逓減論:治療中心の医療より予防・健康管理・生活指導などに重点を置いたほうが効率的
3)医療費需給過剰論:供給は一県一大学政策もあって近い将来医師過剰が憂えられ、病床数も世界一、高額医療機器導入数も世界的に高い。

このうち2)に謳われる治療から予防への転換は、歯科医療においても重要な流れになっており、今後益々その動きは加速していくものと思われます。

社会保障は所得の再配分の役目も果しており、過剰な社会保障は不労所得者というモラルハザードを起すという批判がありますが、一方、背徳の臭いさえするデリバティブ(金融派生商品)取引を駆使して信じられないような巨額の報酬を得、問題の起きたときには投資家や他の金融機関に多大な損害を押しつけて、多数の社員を放り出したまま、巨万の富を手にして勝ち逃げする証券銀行や保険会社の幹部に対しては大いなる非難の声が挙がっています。

先日も、破綻したリーマンブラザーズのCEOであるディック・ファルド氏が倒産した次の日曜日に、いきつけのスポーツジムで見知らぬ男に殴り倒されたという報道がありましたが、彼に同情する声はアメリカマスコミの中にも少ないようです。

実体経済を伴わない金融ビジネスモデルを駆使し、まるで詐欺のような手段で不当な暴利を貪り、問題が起ればいち早く逃げてしまうその姿に、企業のもつ社会的な責任はまったく感じられません。

サブプライムローンを代表とするデリバティブ取引はアメリカ資本主義が辿り着いた究極の市場原理主義の姿です。10月23日、下院の行政改革・監視委員会の公聴会で前FRB(連邦準備制度理事会)議長であるグリーンスパン氏は、2003年~2004年の超低金利政策やデリバティブや今回サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の原因になった押しつけ的な貸し出しに対する規制を放置したとの批判に対して「デリバティブの規制緩和方針は部分的に間違っていた」と認める発言をしました。

続いて彼は「今後、大量のレイオフ(一時解雇)や失業率の大幅な上昇が避けられない」と語っていますが、アメリカ経済の不調を反映して、今日の日経平均は8000円を大きく割りこみ、急激な円高が進んでいます。

過去に深刻な恐慌とそこからの脱出を経験し、もっとも多くのノーベル経済学賞の受賞者を出している国アメリカ、進化した資本主義の権化であるあの国がなぜこのような事態に陥ったのでしょうか?市場原理主義の欠陥が現実の世界で実証されたと考えていいのでしょうか?

竹中平蔵氏を代表とする我国の市場原理主義者たちはどのように今回のグリーンスパンの発言を国民に対して解説するのか聞いてみたい気がします。



さて経済財政諮問会議の提唱した骨太の方針(経済財政運営と構造改革に関する基本方針)に従って、日本の社会保障政策は決められています。
 
特に小泉時代の2002年度から、少子老齢化による社会保障費(年金、医療、介護、福祉、雇用など)の伸びである自然増8000億円から毎年2200億円ずつ自動的に削減する方針が決定され、以後、生活保護の縮小や雇用保険の給付削減、医療制度改革、介護保険制度改変などにより実行されてきました。

過去を遡れば、そもそも1982年鈴木善幸内閣で初めて,2007年頃医師数が過剰になるという理由で、医師数を削減する閣議決定が行われ、橋本龍太郎内閣の1997年の閣議決定でも引き続き削減が決定された経緯があります。

しかし超高齢社会の深刻化に従い、医療需要は自然に増えていくばかりですから、歯科医師以外の一般医科の医師数が不足することは予見できたことです。

現在、日本の10万人あたり2.0人という医師数は、OECD加盟国30カ国中27番目であり(平均3.0人)、世界史上、初めての水準の超高齢化社会を支えるには不足していることは明白です。

一方、日本人が一年間に医師にかかる回数は、年間平均13.8回(2004年)で、加盟国中最多であり、一人当たりの医師がたくさんの患者を診なければならない構造的問題があります。

当初、都の責任を言いたてた舛添厚生労働大臣もようやく墨東病院を視察した後に、「根本的な構造的要因は医師不足にある」と発言したようですが、今から医師数を増やしても、効果が現れるのは10年先の話になり、その間、国民の健康が医師不足という危機に曝され続け、おそらく今回の悲劇は今後何度も繰り返されることは確実です。

クック・ロビンを本当に殺したもともとの遠因は、機械的に無慈悲な2200億円マイナスシーリングを提唱し続ける経済財政諮問委員会の民間議員達にあるとも言えるわけで、私企業の利益と国家の繁栄、国民全体の福祉のバランスを適正化することがいかに困難な課題であるか、政治はすべて利益の配分であり、国民と良心を説得することであるというどなたかの発言が思い起こされます。

All the birds of the air   空の全ての鳥たちが
Fell a-sighing and a-sobbing, ため息をつきすすり泣きをして
When they heard the bell toll 鐘が鳴るのを聞いたのです
For poor Cock Robin.    可哀想な駒鳥のために。