№118「外科的な根管治療」
本文へジャンプ 10月17日 
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        №118「外科的な根管治療」

あまり意識されていませんが、有歯顎の歯科臨床の大半は小さな外科手術の積み重ねです。





先日、知人が驚いて話してくれましたが、最近都内のある動物病院に肝臓癌に罹患した愛犬を受診させたところ、血液検査、超音波検査はもちろん、造影検査、内視鏡検査、CT、MRIによる検査を行い、がん免疫療法、活性化免疫療法、ワクチン療法、温熱療法、腹腔鏡による腫瘍摘出術など、人間への治療を超えた最先端医療を勧められたそうです。

人に対する治療でも日本では外科医が抗がん剤の投薬内容を決定することが多いのですが、その動物病院には専任の腫瘍認定医が常勤しており、飼い主と相談していくつかのオプションの中から治療内容を決定していくシステムになっているそうです。

ペットの治療には保険診療は無くすべて自由診療になりますから、入院費も含めた治療費総額は国産小型車が買えるほどかかったそうです。

しかし、長年にわたり家族の一員として慈しんできた愛犬に必死に寄り添う二人のお嬢さんの姿を眺めると、そのまま静かに天命が尽きるまで見守るべきではないかとどうしても言えなかったそうです。

ペットとしてではなく、本当の家族として愛犬を遇してきたオーナーの心情も理解できますが、その一方、国民健康保険の保険料を長期滞納したために癌が全身転移するまで受診を手控えることになり、激しい骨転移の苦しみの中で憤死しなければならない人がいる我国の現状を考えると、貧しい者の命は有資産者のペットの命よりも軽いのかと割り切れない気持ちを覚え、そこには一種のモラルハザードが存在するのではないかと感じます。

その動物病院には内科、外科の他に眼科や歯科があり、歯科では歯学博士のライセンスを持った専門医がペットの歯周病治療、根管治療、抜歯、補綴治療、むし歯予防処置などの他に口臭予防のためのデンタルエステも行っているそうです。

そのうち動物病院でも歯を失った犬や猫に歯科用インプラントを埋入する時代が必ずやってくるものと予想されます。日頃人間を相手にした歯科診療室で経済的な理由からインプラントを諦める患者さんに何人も出会っている立場としては、かなり複雑な気持ちになります。

最先端の動物病院ほどではありませんが、人を対象としている歯科診療でもインプラントや歯周外科手術を代表とする様々な小さな外科手術が日常的に行なわれています。

歯の神経・根の治療(根管治療)でさえも、感染した歯質を機械的に取り除き、組織の修復や再生を期待するという内容から考えると、ある意味で外科小手術の中に入れてもおかしくないかもしれません。

根管治療はふつう、リーマーやファイルと呼ばれる器具で細菌感染した歯質や歯髄を徹底的に取り除き、根の病気(根尖病巣)を治療・予防するものですが、通常の根管治療では治らない大きな根の先の病巣や根の先に溢出した異物を取り除くために、最後の手段として行なわれるのが外科的根管治療になります。

その治療が科学的に効果があるかどうか、エビデンス(科学的根拠)を調べるコクランレビューによれば、外科的根管治療の一年後の成功率は通常の根管治療よりわずかに高いレベルで、4年後には両者の治療効果にはほとんど差がなくなるとされています。
http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0055/4/0055_G0000154_T0002024.html

痛い思いをして効果があまり変わらなければ、患者さんにとっては外科手術よりもふつうに根の治療を行ってもらったほうが幸せなわけですが、年々の技術の進歩や見直しにより外科的根管治療の治療効果は徐々に改善されてきているように感じます。



外科的根管治療には穿孔部の閉鎖や亀裂の修復などもありますが、代表的なものとしては、感染した根尖部を周囲の病巣と一緒に除去、掻爬し、人工的な材料で塞ぐ「歯根端切除手術apicoectomy」があります。

確実な根管充填を行った後に、歯肉を切開剥離し、根尖病巣を露出させ、感染した歯根を切断除去し、周囲の病巣を丁寧に掻爬し、歯根の切断面を人工的な材料できれいに塞ぎ、縫合します。

以前は、成功率が約60%と言われ、尖端の閉鎖に使ったアマルガムやEBAセメントが脱落することがありましたが、最近は生体親和性の高い接着剤で閉鎖するようになり、またマイクロスコープなど拡大鏡の使用により、手術の精度が高まり、90%程度まで成功するようになってきました。

手術時間は病巣の大きさにもよりますが、平均30分くらいで、術後の多少の腫れた感じがあるだけで、痛みはほとんどありません。

根尖切除手術の成功は、レントゲン上で骨ができたかどうかで判定しますが、最近の手術法だと半年くらいできれいに歯槽骨が回復します。また症例により、根尖切除術でなく意図的再植法が行なわれることがあります。

これは可及的にダメージを与えないように抜歯した歯の根尖を切除、閉鎖した後に、元の抜歯窩に再度歯牙を埋める方法です。歯茎にむし歯のある場合などは、歯根を回転させて意図的に挺出させた状態で再植することもあります。



上図は手術時2006.12.8(黒い球状の部分が病巣) 及び術後2008.10.1レントゲン写真

どうしても歯肉からの排膿がとまらない根の病気などの場合、歯科医師から失敗した場合のリスクの説明を受けた上で、外科的な根の治療を勧められることがあるかもしれません。

その場合、その歯を残す最後の手段を歯科医師は勧めていますので、やみくもにただ恐れるばかりではなく、利害得失と担当する術者がどの程度まで信頼できるかどうか、よくお考えになった上で決断を下してください。

どうも担当医が信頼できない‥?ええ‥その担当医が実はあなたの配偶者だって??

この場合、歯科治療方針の是非を論じる前に、ご夫婦間でもっと話し合うべきことがもっとあるような気がします。