№112「恋人の秘密」義歯洗浄剤との相性
本文へジャンプ 9月29日 
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№112「恋人の秘密」義歯洗浄剤との相性



 歯科医学の進歩にもかかわらず、加齢とともに余儀なく、部分的な入れ歯(局部床義歯)や総義歯を入れなくてはならない患者さんが増えてきます。

入れ歯を使わなくてすむというのは、もしかすると家族や財産の次くらいに余生の幸福を左右する要素になるのではと感じていますが、もしオフィーリアやデリラが入れ歯だったなら、ハムレットやサムソンは激しい求愛を行なったでしょうか?

伝説上の有名な恋人たち、トリスタンとイゾルデ(『アーサー王物語』)、ジークフリートとブリュンヒルデ(『ニーベルゲンの指輪』などに出てくる北欧神話の登場人物)、エロスとプシュケ(ギリシャ神話)たちも、皆、輝くような美しい笑顔で恋人を魅了したに違いありません。

あまり入れ歯を入れたクレオパトラや楊貴妃や光源氏やカサノバというのは想像できませんよね。

でも時の移ろいは残酷なもの、どんな美男美女もいつかは入れ歯を装着しなければならない年齢がやってきます。(現代にはインプラントという選択肢がありますが)
超高齢社会の我国では、ある時、恋人や伴侶が外した入れ歯を洗面所で発見するかもしれませんが、決してあなたの愛が覚めることのないことをお祈り申し上げます。

義歯とのつきあいの中で、意外とやっかいなことが、入れ歯の痛みや着脱の煩わしさの他に、その臭いや真菌の繁殖です。

大部分の義歯は金属とプラスティックからできていますが、このうち金属は入れ歯の骨格をつくる構造体やバネとして用いられ、コバルトクロム合金やチタン合金、金合金で作られています。(チタン合金や金合金の入れ歯は保険診療外になります。)

プラスティックはレジンと呼ばれますが、主にアクリルレジンと呼ばれる材料で義歯の床の部分をつくります。

加熱重合させるアクリルレジンの他には、射出整形タイプのレジンとして、ポリカーボネイト、ポリサルホン樹脂が用いられ、圧縮整形タイプとしてポリエーテルサルホン樹脂があります。

歯の部分は陶器や硬質レジン等の材料でつくられた人工歯か金属歯が用いられます。

これらの入れ歯の構成材料のうち、プラスティック部分は金属や陶器にくらべて分子構造が隙間だらけのために、吸水が避けられず、使用を開始してから半年ほど経過すると、細菌や真菌(カビ)で汚染され、誤嚥性肺炎の原因になります。

誤嚥性肺炎については、よく言及されていますが、例え、昼間の誤嚥がない場合でも、睡眠中にお口の中の細菌を含んだ唾液が少しずつ気管支に流れ込むことにより肺炎が引き起こされます。(不顕性誤嚥誤嚥:マイクロアスピレーション)

加齢とともに体性反射や自律神経反射は衰えていきますが、ふつう健康な高齢者では嚥下反射や咳反射が衰えることはあまりありません。しかし微小脳梗塞の進行など気がつかないままに、大脳基底核に脳血管障害が起ると、嚥下反射や咳反射に関わりの深いサブスタンスPの産生が低下するために、嚥下や咳反射がうまくできなくなります。(大脳基底核でのドーパミン合成阻害⇒サブスタンスPの産生低下)

特に抗不安薬、抗うつ薬を投与されている方は、サブスタンスPの合成が低下するため誤嚥が起りやすくなります。

65歳以上の高齢者の半数以上がなんらかの脳血管障害をもっていると言われ、自分ではふつうに食事をしているつもりでも、実は嚥下機能が衰えている場合がよくあります。

このような高齢者が、もし細菌や真菌(カビ)だらけの不潔な義歯を常用していた場合、いつのまにか嚥下性肺炎を起していることが多く、肺の換気能力や身体の予備力が障害されるために、生命の維持に関わる重大な事態に至ることがあります。

義歯を装着しなければならなくなったとき、このプラスティックと金属からできた原始的な人工臓器になじんで、安全に使いこなすためには、いくつかの注意点が必要です。

正しい装着や取り扱い、バネのかかる歯のむし歯予防、義歯の清掃・消毒、定期的な歯科医院での調製など、入れ歯と共存するにはそれなりの苦労があります。

○ 義歯と共存する生活

1. 義歯の装着:義歯の装着は噛んで行わないようにしましょう。義歯が壊れやすく、クラスプ(バネ)のかかる歯が傷むこともあります。なれないうちは鏡を見て正しい位置に義歯を置き、人工歯をバネのかかっている歯の長軸に沿う方向に指で押して装着してください。
もし義歯装着時に歯肉がすれて痛い場合は歯科医院で調製してもらってください。

2. 義歯の撤去:義歯を外すときはクラスプの下に指をかけて行なってください。

3. 夜間の義歯撤去:原則として粘膜やクラスプ(バネのかかる歯)に加わるダメージから回復できるように睡眠中は義歯を外します。

しかし残っている歯が少なくなり、咬み合う相手の歯肉を傷つけるか、残り少ない歯に無理な力が集中してしまう場合は、義歯を入れたままにします。この場合、昼間数時間、義歯を外して義歯の洗浄・消毒を行い、歯肉を休める機会を設ける必要があります。

4. 義歯の洗浄と消毒:研磨剤の含まれていない義歯用ペーストを用い、義歯用ブラシで義歯表面のぬるぬるした細菌の固まり(バイオフィルム)をとりのぞいてください。通常の歯磨き粉やクレンザーで洗うと、すぐに義歯のレジン(プラスティック)が損耗してしまいます。(下図参照)




  義歯洗浄の際に硬い洗面所のシンクに落さないように注意してください。
義歯が破損したり、クラスプや金属構造体が変形したり、あるいは人工歯が破損したりしやすくなります。下にタオルを敷くか、水を張った洗面器の上で洗うと安全です。

また熱湯や強いアルカリ、酸で消毒しても変形・劣化につながります。抗真菌効果のある義歯洗浄剤の使用は有効ですが、どのタイプの義歯洗浄剤も必要以上に長時間使用した場合、義歯の劣化を引き起こしますので注意が必要です。


5. 義歯の保管:義歯洗浄剤か水につけて保管します。乾いた状態で保管すると義歯の変改、破損につながります。日光に曝される状態で放置しても劣化が進むために良くありません。

6. 義歯の紛失:ティッシュペーパー等で包んで保管すると、家人にゴミと一緒に捨てられることがあります。また枕元に放置した場合も、紛失するか踏みつける危険性があります。必ず義歯専用の保険容器内に水か希釈した義歯洗浄液を入れて保管する習慣をつけてください。旅先のホテルや旅館等で紛失するリスクが低くなります。

特に急に入院したとき、手術で麻酔をかけられたときに、義歯を破損または紛失することがあります。付き添いの方は、義歯の保管に注意してください。

施設などに入所されて、集団生活を行なわれている方は、他人の義歯との混同を防ぐ目的で、歯科医院に依頼し、義歯に名前を入れてもらってください。

7. お口の清掃:取り外した義歯を洗浄・消毒するだけでなく、クラスプのかかる歯の歯茎、残っている歯の隣接面の歯垢をていねいに取り除いてください。歯肉などお口の中の粘膜も指や柔らかい歯ブラシやスポンジブラシでそっと洗ってあげる必要があります。たとえ総入れ歯になっていても、粘膜を洗浄、マッサージする必要があり、最後に『オーラルバランス(商品名)』などの保湿剤を塗って粘膜を保護してあげるとさらに安心できます。




・ 義歯洗浄剤の使い方 北海道医療大学歯学部口腔衛生学講座の水谷 博幸講師が口腔衛生学会雑誌(Journal of dental health)に発表された論文(「義歯装着とカンジダ菌種との関連についての研究 Study on Relationship between Denture Wearers and Candida spp」)によると、『Candida albicans(カンジダ アルビカンス)の検出者率は義歯装着の有無にかかわらず高かった.また,その検出率は年齢に依存していなかった.一方,重篤な日和見感染症の原因菌であるC.tropicalis(カンジダ トロピカリス)とC.glabrataの検出率は,義歯装着群において有意に高かった.これらのことから,義歯装着により口腔内のカンジダ菌種が変化すること,とりわけC.toropicalisやC.glabrata(カンジダ グラブラタ)が優勢になることが明かにされた』とされています。

身体の抵抗力が衰えてくると、お口の中のカンジダ菌が増え、口腔カンジダ症という病気にかかりやすくなります。白いブツブツした苔が口蓋や舌に生え、食事のときに痛みがでることがあります。また舌の粘膜の萎縮などを起すこともあり、専門的な治療が必要になります。

したがって義歯は機械的に洗浄した後に、義歯洗浄剤で化学的に洗浄します。義歯洗浄剤は大別して、酵素系、酸性、アルカリ性に分類されますが、どれも長期間使用するとレジン部分の脱色や劣化を起します。

また近年、生体親和性にすぐれ、金属アレルギーの心配が少なく、食べ物の味が変わりにくく、軽い特徴のあるチタン床義歯が普及していますが、義歯洗浄剤はどのタイプもチタン床義歯との相性が悪く、金属部分の変色を起します。ただし、変色は義歯本体の機能とは関係なく、技工所で研磨しなおせば、すぐに元のピカピカの状態に戻すことができます。
レジン部分などが劣化した場合は、プラスティック部分だけを剥ぎ取って、新しくつくりなおす必要があります。

義歯洗浄剤は種類により、汚れを落すことに主眼を置いたもの、真菌除去に主眼を置いたものなど特徴がありますので、メーカーの取り扱い説明書をよく読んでください。数週間以上に渡り、長期間保管する場合は、義歯洗浄剤ではなく、わずかにうがい薬等を加えた水のほうが義歯の劣化を起しにくくなります。


8. 歯科医院での調製:義歯に「あたり」や「ゆるみ」などが表れた場合は、歯科医院での調製が必要になります。特に保険材料の義歯のクラスプはある程度使用するとゆるみやすくなる傾向がありますので定期的な調製を欠かすことができません。

「あたり」のある場合無理して義歯を装着せず、外して粘膜を安静にする必要がありますが、歯科医院へ行く半日ほど前から義歯を装着した状態で受診すると、褥瘡をおこしている箇所がはっきり分りますので、調製しやすくなります。ただし傷が消えていても、検査する方法はありますからあまりつらければ無理をする必要はありません。

頬を噛んでしまう場合、うまく発音ができない場合も調製してもらってくださいただし発音は慣れもあるので、しばらく使用しているうちに改善する場合があります。

9. 義歯の定期検診:義歯は腐らないから一度製作してもらったら歯科受診は必要ないと考える人もいるかもしれません。しかし総入れ歯の場合でも、痛みや不満がなくても、徐々に咬み合わせが狂ってくる場合が考えられますので、半年に一回以上の検診が必要です。当初設計されたとおりの機能を義歯が果たしているのかどうか、調整が必要かどうか検査してもらってください。

  特に部分的な入れ歯の場合は、残っている歯の健康を保つ目的でも定期的な受診が重要になります。

○ インプラントの普及の中で、義歯の患者さんの数は徐々に減ってきていますが、骨粗鬆症の治療のためにビスフォスフォネート製剤の投与を受けている患者さんや骨の条件が手術に向かない方、重度の糖尿病など全身疾患のある方、適切な口腔衛生管理のできない患者さん、経済的条件が合わない方など、義歯を選ばなければならない患者さんは依然としてたくさんいらっしゃいます。

健康で快適なシニアライフを過ごすためにも、歯科医院とともに人工臓器である義歯と上手につきあって「おいしい生活」をお過ごしください。