№107「心のスパムフィルター」爬虫類の脳があなたを賢くする
本文へジャンプ 8月11日 
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           №107「心のスパムフィルター」爬虫類の脳があなたを賢くする
         



最近の脳科学の進歩にはしばしば驚かされます。
最近、発表されたAndrew W McColloughとEdward K Vogelの論文は、高い能力を持つ人と低い能力しか持たない人の違いは、余分な情報を心から締め出す能力の違いにあることを示しています。

彼等は、これを心のフィルタリング能力と名づけていますが、“MIND”に発表された論文について概略を説明したいと思います。(「scientific American MIND vol19」ページ74~77“Your Inner Spam Filter” Fiona McNab&Torkel Kingberg)

○ <大量のいいかげんな株式投資の広告や性機能改善剤の広告メールの山の中から、緊急のe-mailを探したことのある人ならば、紛らわしい情報を取り除く能力の決定的な重要性について理解していることと思います。
そこにあるはずの必要な情報が役に立たないゴミ情報の中で失われることがあります。

コンピューターのメールボックスの容量はハードディスク容量に依存していますが、私達の心のワーキングメモリーの「受信トレイ(in box)」、(つまり一時的に貯蔵される情報ファイルを生成する、脳領域や脳のデータ処理過程ですが)、はより多くの制約を受けています。

事実、数十年間の研究は、私達の心の中にある、すぐ使いたい情報を貯蔵してある「情報貯蔵領域(in mind)」は、単に3つか4つのアイテム(項目)に制約されていることを暗示しています。

その上、ちょうど人々が身長や目の色が違うように、個人の情報貯蔵能力はそれぞれ異なり、興味深いことには、これらのワーキングメモリー能力の差異は、その人の数学や複雑な問題解決における抽象的な推論能力と深い関係があります。

ワーキングメモリーは無差別に情報を蓄積する短期記憶と異なり、仕事や作業に必要な情報を選択記憶し、必要な情報をそこから取り出して、推論や思考を行なうのに役立ちます。

記憶能力と流暢な知性の関係は、なぜ人々の重要な認知機能に差があるのか理解しようとしている多くの科学者たちの強い興味を引き起こしました。

最新の研究がこの一連の研究に新しい洞察を付け加えました。

○ ハードドライブかスパムフィルターか?
 
  ワーキングメモリー能力の制約について、代表的な二つの説明があります。
  
  第一の仮説は、情報貯蔵スペースが本質的にはワーキングメモリーの限界を決定するという解釈であり、ある人は他の人々より大きな容量のハードディスクを持っているという考え方です。

 これに替わる学説としては、能力は情報貯蔵能に依存するのではなく、どのように効率的に情報貯蔵スペースが利用されているかで決まるというものです。

 例えば、高い能力を持つ人、つまり記銘力が高く、適性試験でよい数値が出やすい人は、単に、不要な情報を「out of mind」に排除する能力が優れているのに反して、能力の低い人は無関係な情報を心の「in box受信トレイ」に乱雑に侵入させてしまいます。この違いは、まさに、より良いスパムフィルターをもっているかどうかの違いであるかもしれません。

最近のワーキングメモリーへのアクセスコントロールの違いに関する研究結果は、後者の見方を支持しています。

脳が発する電気信号を測定することにより、高い能力を持つ人々がワーキングメモリーに表示する情報をコントロールする能力が優秀であることが分っています。彼等は適切な情報を受け入れますが、不適切な情報に関しては完全に取り除いています。

低い能力の人々は、これとは対照的に、心の受診トレイに入る情報を選り分ける能力が低く、必要な情報も不要な情報も大雑把に渾然一体として受け入れてしまいます。

驚くべきことには、これらの結果は、低い能力の人々は能力の高い人に比べ、よりたくさんの情報を心の中にしまいこむ事を意味しています。ただし彼等の保持している大半の情報は役立たつものではありません。

○ フィルターはどこにあるのか?

 このように、心の中のスパムフィルターが主としてワーキングメモリーの能力を定めているという証拠が集まってきていますが、ではそのスパムフィルターは脳の中のどこにプログラムされているのかという決定的な質問が、答えられないまま残っています。

本年1月に、ストックホルム脳学会の脳科学者Fiona McNabとTorkel Kingbergにより「Nature Neuroscience」に発表された研究によれば、彼等はこの場所を発見したようにみえます。

そのために、彼らは被験者に赤と黄色の正方形の位置を思い出さなければならないワーキングメモリタスクを、コンピュータ・スクリーン上で実行させる実験を行ないました。

時々、被験者は赤と黄色のすべてのアイテムの位置を思い出すように尋ねられますが、その他の時間には赤いアイテムの位置だけを把握するように頼まれ、黄色いアイテムについては忘れるように命令されます。(これはスパムメールを排除するのと同様の行為になります。)

試験ごとに始めに提示されたシンボルが、赤い四角だけに注意を向けるべきか、ディスプレイに映し出されるすべての情報を記憶するかを被験者に告げました。
研究者は被験者のメンタルスパムフィルターを始動させるときに、脳のどの部分が活性化するか限定するために脳活動をfMRIで記録しました。
Fiona McNabとTorkel Kingbergは被験者が次の試験でフィルターを必要とすると言われたときに、大脳基底核(basal ganglia:錐体外路系の中継核、運動機能に重要な役割を果す)の一部と前頭連合野(prefrontal cortex:計画、実行、行動抑制等の高次の精神機能を司る、『考える』ところと思われている部分)の一部がフィルターを必要としない試験に比べより活性化することを発見しました。

そして研究者は、この領域の活動性の亢進が、高い能力を持つ人では大きく、能力が低い人では小さいことを発見しました。
つまり高い能力を持つ人はフィルターが必要な課題を与えられたときに、この脳領域の活動性が著しく亢進するわけです。反対に能力が低い人では、無関係なアイテムを無視するように指示されたときに、この領域の活動性はあまり活発化しません。

このようにメンタルスパムフィルターの最重要の候補者は大脳基底核と前頭連合野の協同であるらしいといえます。

このフィルタリング機構においては、前頭連合野はたぶん課題の目標についての詳細を明らかにし、大脳基底核はその目標に不要な情報を排除するように心に力を与えています。

このワーキングメモリーへの情報の流れをコントロールする大脳基底核の役割は、与えられた文脈で動く筋活動を選択し、望まない筋肉の動きを抑制するという大脳基底核の他の機能と似ています。

特に興味をそそることは、ここで、大脳基底核は進化論的には、爬虫類ですら持っている、種を越えて共有している古い脳構造であることです。

したがって、人間がその能力を持つよりはるかに昔から、爬虫類など他の種は、人間だけが持っていると考えられていた、抽象的な推論能力をもっていることになります。

不要な情報を取り除く能力は人間と同様にトカゲでも重要であるよう見えます。>

○ 以上の論文を読むと、能力のある人というのは、雑念に煩わされるおとなく、目的のために必要な情報だけを集中して、推論を積み重ね、行動に結びつける人だということが言えます。「選択と集中」って、どこかで聞いた言葉ですね。優れた能力の源泉が爬虫類も持つ能力だったというところに、なぜか不気味さを感じます。

○ 隣に座っている優秀なライバルの顔つきがどこかトカゲに似ていませんか?