№103「平成20年度松本市歯科医師会市民公開講座」生き生き長寿は口腔ケアから その2
№103「平成20年度松本市歯科医師会市民公開講座」
                  生き生き長寿は口腔ケアから その2
本文へジャンプ 8月4日 
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            №103「平成20年度松本市歯科医師会市民公開講座」生き生き長寿は口腔ケアから その2
         



○ 平成20年度松本市歯科医師会学術大会より


 2.「我々医療人はどのように口腔ケアを活かすべきか」 
静岡県米山歯科クリニック院長 米山武義先生

・ 「口腔ケアは情にありて理にあらず」

・ 私たちはどのような時代に生きているのでしょうか?
 65歳以上が7%を越えると高齢化社会と言い、14%を越えると高齢社会と言いますが、7%から14%に至るのに要した年数を見ると、フランスが114年、スウェーデンが85年、イギリスが47年、ドイツが40年かかったのに対し、日本が7%を越えたのが1970年、14%を越えたのが1994年ですから、日本は24年間という人類史上嘗て無い速さで最短のうちに超高齢化社会に突入してしまったことになります。

総務省によれば、2014年には高齢化率が25%を越える「超高齢社会」が到来し、65歳以上が3400万人になり、そのときの総人口は1億2500万人と推定されています。7860万人の労働人口で3400万人を支えなければならない時代が待ち構えているわけです。

また2025年に老齢人口がピークを迎えるものとされていますが、そのときの65歳以上の割合は35%に達するものと推定されています。

このような社会においては65歳ではリタイアすることはかなわず、男女とも60代の後半まで働かなくては社会が機能しなくなってしまうものと思われます。

・ 我国の老人パワーを代表する人物といえば、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生(96歳)が挙げられますが、先生は各種、役職や講演活動に活躍されるだけでなく、現役の医師として患者さんの診療にあたっておられます。また先生のスケジュールは5年先まで一杯になっているということで、本当に勇気を与えていただいています。

・ 日野原先生はご講演で、「新老人の挑戦」として健康寿命の延伸を強調され、寿命には「勝ち取る寿命」と「与えられる寿命」があるとお話になられます。

・ すなわち生き方の選択は、どう食べ、どう動き、どう休み、どう考えるかということであるとし、生きることに大切なことは食べることであると仰っています。

・ 先にも触れましたが「超高齢社会」に突入する2015年においては、認知症の数も現在の150万人から250万人に増加するとされます。

・ 現在、全世帯は4600万世帯ですが、高齢者だけの世帯は900万世帯に達し、そのうちの21%、およそ380万世帯が高齢者一人暮らし世帯です。2015年には高齢者だけの世帯が1800万世帯に、高齢者一人暮らし世帯が570万世帯になるものとされています。

・ 先日、非常にショックなことがありました。ご主人が軽度の認知症になっていしまった高齢者夫婦ですが、ご主人のナーシングホームを探すために御2人で外出されたとき、奥様が駅のトイレに入っている間にご主人が行方不明になってしまい、いまだに発見されていないことです。

・ また過日、70代後半の女性が左上犬歯の抜歯を希望されて来院されたときのことですが、ふと気になって生活背景をお聞きすると、一人暮らしとのことでした。私が考えましたのは、もし帰宅後に止血しなかったらどうなるのかということでした。結局、静岡の娘さんに一週間来てもらい抜歯しましたが、抗凝固療法や抗血小板療法を受けていることがある高齢者の治療に際しては必ず生活背景を聞き取ることが大切です。

・ 「介護予防」 自立支援が介護保険の基本理念になっていますが、茨城県立医療大学付属病院院長の太田仁史先生は「介護予防はターミナルケアまで見据えたものでなければならない」と指摘されています。

・ 寝たきりになった高齢者の場合、使わない関節が固くなり、動かなくなりますが、死後お棺に入れるときに、手足を折らなければ棺に入らなくなることがあります。経験者はあれほど嫌な音はないと言われますが、もっと良い終末を迎えさせてあげたいものです。

・ 源信が著した往生要集に「臨終行儀」という言葉があります。これは死にゆく人がうまく阿弥陀仏に導かれて西方浄土にたどり着けるように、左手に五色の紐を結び、西方を向かせ念仏を唱えるなど、死を看取る側の心構えや作法について書かれていますが、ターミナルケアにおける介護にも、人間の尊厳を守りながら心安らかに最後の時を過ごしていただく考え方が必要になります。


・ シェークスピアは戯曲として『終わりよければ全てよし』(All's Well That Ends Well)を残しましたが、介護の立場から言えば、『介護良ければ終り良し』ということになります。

・ (⇒「新しい介護」太田仁史・三好春樹監修 講談社、「介護ライブラリー お棺は意外に狭かった!」太田仁史著 講談社)

・ 「咽頭ケア」 Osler(1849~1919年)は「肺炎は老人の友」と言いましたが、不顕性誤嚥による肺炎が高齢者のQOLを下げる大きな原因になっています。

・ 後期高齢者に対する歯科医療の意義は次の3点に集約されます。

  1.低栄養と誤嚥性肺炎等の予防による健康寿命の延伸
2.食べる楽しみ、話す楽しみの享受によるQOLの改善
3.障害を持った口腔に対するリハビリテーション
  
  ・ 昨年7月にNHKラジオ「ラジオ深夜便こころの時代」に出演させていただき、口は長生きの門というテーマで話をさせてもらいました。その後、多くの方から、お手紙やファクスをいただきました。一見幸せそうに見えても、口が思うようにならないことで、生き地獄であったりする現実をその中から知らされました。

    脳血管障害を患い、「口から食べられない夫に、何とか一口でも食べられるようにさせてあげたい。」「意識がない妻に口腔の体操をやってもう一度目を開いてもらいたい。」「何でもしますから、脳に刺激を与える口腔ケアを教えてください。」「肺炎で生死をさまよったことがあります。どうか効果的な口腔ケアを教えてください。」「主人のよだれがとまりません。どこか相談に乗っていただける医療機関はないでしょうか。」などたくさんの御便りが殺到しました。

    私はこの経験を通して、世の中の人々がいかに口腔のことで悩み、困っているか、心の時代にふさわしい医療のあり方が問われているのではないかと、思いました。

私が大学を卒業した直後、特別養護老人ホームの非常勤をさせてもらいました27年前の話ですが、最初に老人ホームに行きまして拝見した口腔内は、おびただしい歯垢の堆積がありまして、歯はあってもその機能をなさないという状況でした。義歯は入れっぱなしになっています。その義歯を外しますと、その中には、これまたおびただしい歯垢がついておりました。
    何より困ったのは口臭でした。4人部屋でお1人口腔の管理がなされていない方がいらっしゃれば、施設臭となって独特のにおいとなってあらわれるということで、大変ショックを受けたのを覚えております。
    要介護者の口腔環境というのは、だれかがケアをしない限り、悪くなることはあっても自然に改善することはない。そして心も老化してしまう。口腔は死を迎えるまで大切な器官であるということであります。
     それですぐさま同僚の歯科衛生士に声をかけまして、歯垢のコントロールを基本とした専門的口腔ケアを開始したわけです。
    最初は、歯科というとすぐ治療を思い浮かべる人がほとんどで、戸惑いもあったんですけれども、そのうち、歯肉炎は確実に改善し、異臭、口臭は改善しました。そして何より、利用者の方から、こんなにいいことだったらもっと早くやってほしかったという、おしかりと励ましの両方の意味の言葉をかけられました。

    口腔ケアの目的は、第1に感染の予防、2、口腔機能の維持回復。3番目、全身の健康の維持回復及び社会性の回復というものが挙げられるかと思います。
    そして口腔ケアの内容は、口腔清掃、歯石除去、義歯の清掃・管理、摂食・咀嚼・嚥下機能の回復、誤嚥性肺炎、低栄養の予防に配慮した口腔の管理ということになります。

・ 勝又さんの症例: どうしても本人が義歯をつくってほしいという要望を施設を介して伝えてきた勝又さんのケースをご本人の了解を得て、ご紹介したいと思います。

この方は重症の舌の不随意運動、つまりオーラルディスキネジアがある方で、きわめて義歯製作がむつかしい例だと思われました。

なんとか工夫して仮の義歯の試適まで漕ぎつけましたが、ビデオのように仮の義歯を入れた途端にオーラルディスキネジアがとまってしまいました。仮の義歯を外すとまた舌の不随意運動が再開します。

義歯を製作することにより、会話が回復し、栄養状態が改善し、社会的な活動性が出て、すっかり生活の様相が変貌してしまいました。

・ 東北大学チームの研究によると、お亡くなりになった高齢者の基礎疾患の三分の一は脳血管疾患ですが、脳血管疾患によりお口の衛生状態が低下し、雑菌が増え、誤嚥も起しやすくなり、最終的には誤嚥性肺炎で死亡するパターンが、日本人の死の形態のひとつの主要なコースになっています。

・ 厚生労働省の「呼吸不全に関する研究」が行なわれ、従来どおりの群と従来のケアに加えて、1週間に1回歯科衛生士が専門的な口腔ケアということで、徹底的に口の中の雑菌を除去して、口の中をきれいにする口腔ケア介入群を比較しました。

・ その結果、2年間の肺炎の発症率が、対照群が19%だったのに対して、口腔ケア群は11%であり、約40%の肺炎の予防効果が認められました。

・ また兵庫県から出されたデータでは、後期高齢者80歳以上のデータですが、8020の達成者と非達成者では一般の医療費の額に大きな差異が認められます。

・ 口腔ケアの意義:

1、後期高齢者の健康寿命を延長するためには、口腔ケア管理を含む歯科的な介入が必要です。
2、特に誤嚥性肺炎や低栄養の予防のために、口腔機能の向上及び義歯の装着・調整を含む維持管理などが必要です。
3、唾液分泌が減少し、極度に口腔乾燥が起きやすい終末期においては特に口腔の維持管理が大切です。
4、後期高齢者の健康保持のためには早い時期から歯の喪失が防止されるよう、むし歯や歯周病の管理が必要です。

○ 満足に話すことができず、お口からはよだれが流れっぱなしだった方が、義歯を装着したとたん、表情が豊かになり、人間としての尊厳を回復された姿をビデオで拝見し、聴衆一同大変な衝撃を受けるとともに、私どもが携わる歯科医療の責務と意義を改めて深く考えさせられたすばらしいご講演でした。

参考文献:
1.「006年11月20日 社会保障審議会後期高齢者後期高齢者医療の在り方に関する特別部会 平成18年11月20日議事録」(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/11/txt/s1120-3.txt)
2.「新しい介護」太田仁史・三好春樹監修 講談社
3.「介護ライブラリー お棺は意外に狭かった!」太田仁史著 講談社
4.「生き方上手」日野原重明著 ユーリーグ