第1回市民公開講座 「健康に食べる~高齢者の寝たきりの方の口腔ケア~」
    
 №1
歯科医療は時代を映す鏡      2007年10月13日 P.M.2:00~4:00

主催:松本市歯科医師会 松本市  会場:市民活動サポートセンター
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本文へジャンプ 2007年10月19日 

 

 
 残念ながら有史以来、人類の歴史から飢餓や戦争がなくなった瞬間はなく、医学の発達した現代においてもAIDSや新型インフルエンザ、各種新型感染症などの私たちの生存を脅かすような疾病の登場に事欠くことはありません。

 戦争をしている国では戦争を遂行するための医療が行われ、飢餓の国では貧困と飢えや伝染病に対処する医療が求められます。
社会的存在である人間を診る医療は、患者さんの置かれている社会的背景に向き合う必要があり、歯科医療もその例外ではありません。
現代の日本で生きる人々への歯科医療の一端についてお話できればと考えております。


歯科医療の移り変わり
私たちは、誰も体験したことのないストレス社会に暮らすことを余儀なくされています。
 日本は今、社会構造の急な変化が続いています。昨日まであたり前だったことが今日はもう通用しない、といったことは日常茶飯事です。人々はつねに感覚を研ぎ澄ませ、状況の変化に対応し続ける必要に迫られています。これは強い精神的ストレスとなり私たちの心と身体に深刻な影響を与え続けています。

                  現代の歯科医療の特徴   

・現代の歯科治療の特徴は廃用症候群や認知症、ネグレクト、アビュースなど少子高齢化に伴う様々な問題、アレルギーや喘息、糖尿病、心疾患などの基礎疾患や常用薬への配慮、摂食行動や睡眠の様々な障害、好ましくない生活習慣、筋力の低下や悪習癖に伴う姿勢や咬み合わせの歪み、DCS(噛みしめ圧迫症候群)、顎関節症、歯科恐怖症、病的な嘔吐反射、自臭症やストレスへの過剰適応などの問題に対処しなければならない点にあります。

またマスコミ報道などに影響を受けた医療全般への漠然とした不信感・不安感や謂れのない誤解にも対応しなければなりません。

毎日歯科診療室を訪れる患者さんの多くが現代のかかえる問題を表現した歯科疾患にかかっていると言っても過言ではありません。

また患者さん自身の要求も、単にトラブルのある歯を治してほしいというだけではなく、より高度な美しさ、ハイレベルな健康感を望むようになっています。

従来の疾病対応型の歯科治療から予防中心の歯科医療に転換する中で、審美歯科、インプラント、再生療法、矯正、ホワイトニング、アンチエイジング等を求めて来院される方が増えただけでなく、心療歯科とも呼ぶべき医療分野を必要とする患者さんが増加し、重度の金属アレルギーや非常にシビアな歯科恐怖症など現在の保険制度の内側では治療することがむつかしい患者さんが来院するようになってきていると感じています。

 

・今回、特に高齢者の口腔ケアについてお話しするように菅谷市長さんから要望があったとお聞きしていますので、最初に触れたいと思います。

                 老化に伴う歯科診療上の問題点 
老化に伴う歯科診療上問題
歯の喪失 残根が多い 咬み合う歯が少ない 噛む機能が低下
全身疾患と常用薬(高血圧、糖尿病、C型肝炎、心疾患、リウマチ、麻痺、結核や抗凝固療法、抗血小板療法など)
生理機能の低下(唾液分泌低下、粘膜の再生時間延長、免疫力の低下、循環動態の不安定化、誤嚥・誤飲など)
学習能力、適応力の低下(新しい義歯への慣れや生活習慣の改善、口腔清掃習慣の獲得などが困難)
学廃用萎縮症候群
知能と人格の変容(うつ病、微小脳梗塞進行、認知症の発症など)
自己決定権の部分的・全般的喪失(治療方針を家族や介護者を含めて決定する必要、一人暮らしの場合はわかりやすい文書等を渡し、選択機会を何回か設ける)
ADLが低下し口腔清掃や自力での通院が困難になり、訪問介護の必要性が増す。(ヘルパーの必要性、治療回数の制限)
 
・老化に伴う歯科診療上の問題点ですが、困るのは、まず歯の数が少なくなり、よく噛めなくなることです。
良く噛めなくなれば唾液の分泌も悪くなり、それだけ胃や腸への負担が増えるため、萎縮性胃炎などにかかりやすくなり、その結果胃がんなどにかかりやすくなる可能性生まれます。
また高血圧や糖尿病など様々の病気にかかっている場合が多くなり、血の止まりにくくなる薬や使ってはいけない薬、外科手術時の危険性など注意しなければならない要素が増えてまいります。
次に生理機能が衰えるために、唾液分泌が少なくなり、歯肉や骨の再生が遅くなります。
私たちが噛むためには脳が一連の咀嚼や嚥下動作の協調運動を学習する必要がありますが、高齢者では新しいブリッジや義歯が入ったときにこれに適応して使いこなせるようになるまでに時間がかかるようになります。小さな子供などに歯並びを治すための複雑な装置を入れても、すぐに慣れてしまいますが、高齢者に同じ装置を入れた場合、満足に食事や会話ができるようになるためには倍くらいの時間が必要になります。

・さらに大きな問題として廃用萎縮の問題があります。人間の使わない臓器は徐々に萎縮していきますが、お口の中でも同じことが起こります。例えば若いうちに奥歯をなくせばなくすほど、歯を支えている歯槽骨は吸収してしまい、最後には入れ歯をいれておく歯槽堤が失われてしまいます。
お口で噛めなくなると唾液の分泌量も減りますし、舌や粘膜も徐々に萎縮していきます。お口で食べ物をとれなくなった寝たきりの方の歯列は内側からの舌の支えがなくなるために、徐々に歯並びが内側に倒れてしまいます。

加えて治療方法や家庭における生活習慣指導を正しく理解したり、記憶することが困難になることもありますし、歩行機能が失われれば医院に通院することができなくなったり、歯ブラシなど
を使い自分でお口の衛生状態を保つことも難しくなっていきます。
これらは若死にしない場合、私たちのすべてにやがて起こることなのです。

高齢化社会の歯科医療はまずこれらのADLの低下と生理機能の低下問題に立ち向かう必要があります。