高齢有病者診療時の留意点   松本市医師会 松岡健先生
 2005.12.5 松本市歯科医師会ワンポイントセミナーにてご講演(休日・障害者歯科部主催)
 
 高齢者の病気の特徴

慢性疾患が多い
複数の疾患を有することが多い
非定型の症状を呈することがある
自覚症状や訴えがない
持病と急性疾患の併発
複数の薬剤を服用
薬の効果や副作用に差がある


 寝たきりとは
病気(老衰を含む)やけがなどにより日常生活をほとんど寝ている状態が6ヶ月以上続いている状態
寝たきりの原因:脳卒中4割 外傷・骨折1割
寝たきりの合併症   3大合併症:肺炎、尿路感染症、褥創 + 深部静脈血栓症、肺塞栓症

 摂食嚥下障害
摂食嚥下障害の症状:
口角から飲食物がこぼれる。
口腔内に飲食物が残留。
流涎
むせ
咳き込み
摂食・嚥下障害の診断:丁寧な摂食時の観察が最も重要
 
  スクリーニング

反復唾液のみテスト
  (30秒間に3回以上嚥下運動ができるのか評価)

嚥下造影検査

嚥下内視鏡検査
摂食・嚥下障害の原因疾患:
脳血管障害
脳・神経・筋疾患
廃用症候群
脳外科・頭頸部外科手術
球麻痺症候:嚥下障害と構音障害が主な症状

障害の発生部位からの分類

(真性)球麻痺
  核性障害(舌咽神経、迷走神経、舌下神経)
  核下性障害

仮性球麻痺
  核上性麻痺(多発性脳梗塞等)
球麻痺症候:舌の萎縮は、核性ないし核下性麻痺の特徴

核上性麻痺では、左右対称性に侵される。

核上性麻痺では両側の錐体路障害があり、感情失禁や錐体路徴候を認める。
摂食・嚥下障害の治療:
リスク・全身管理(医師、看護師など)
嚥下訓練(ST、OT、PTなど)
歯科治療・口腔ケア(歯科医師、歯科衛生士など)
手術療法(耳鼻咽喉科医師、消化器科医師など)
食物の調理(管理栄養士)

 誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎の症状

胃内容物の誤嚥による誤嚥性肺炎
           (Mendelson症候群)
 急速に進行する呼吸困難、泡沫状喀痰、頻脈
 チアノーゼ、喘鳴、胸部ラ音、発熱

不顕性誤嚥に伴う誤嚥性肺炎
 通常の肺炎と同様の症状だが、高齢者が多いため、発熱、咳、痰、呼吸困難などの症状を認めないことが少なくない。
誤嚥性肺炎の原因:

口腔内の雑菌混じりの唾液や、胃内容物を誤嚥して生じる。

脳深部皮質の脳血管障害があるとドパミン合成が低下し、迷走神経と舌咽神経の知覚枝で合成されるサブスタンスPの産正を低下させ、嚥下反射と咳反射の低下をもたらす。
誤嚥性肺炎の治療:胃内容物の大量の誤嚥では気管支鏡下に
吸引や洗浄を行う。

肺炎に対しては通常の肺炎治療と同様である。

誤嚥性肺炎の予防:

脳血管障害の予防
口腔ケア
体位
経管栄養・胃瘻
薬物療法
 ACE阻害剤:サブスタンスP分解阻害作用により咳反射、嚥下反射を改善する

 抗血栓療法
抗血栓療法の種類:

抗凝固療法

抗血小板療法

血栓溶解療法
抗凝固療法:

主に血液の鬱滞が血栓の形成の主役を演じる病態に用いる。
 
 深部静脈血栓症
 肺血栓塞栓症
 心房細動
 心不全
 心筋梗塞
 機械人工弁置換
抗凝固療法:

経口薬  ワルファリン(ワーファリン)

 肝臓でのビタミンK依存性凝固因子であるU、Z、\、]凝固因子の産生をビタミンKと競合的に阻害することにより抗凝固作用を有する。
ワルファリン:

他の薬剤との相互作用を有し効果の増強、減弱が知られている。

ビタミンK大量含有の納豆、クロレラ、ほうれん草、ブロッコリー等の禁止・制限。
ワルファリン:

治療域

プロトロンビン時間(PT-INR)
  1.6〜2.8 (ハイリスク例 2.2〜2.8 )
(リスクが高くない例や高齢者では
         1.6から2.2)
トロンボテスト 10%〜25%
ブコローム(パラミジン)併用で作用増強

ワルファリン:

必要量は一日量で1mg〜10mgと個人差が大きい

出血合併症への対応
 減量、休薬。
 ビタミンK2投与
 人乾燥血液凝固第\因子複合体投与
ワルファリンと抜歯:

作用持続時間 48〜72時間

 抜歯などの小手術では3〜4日前より投与を中止し、凝固能の抑制を治療域の下限まで緩和する。止血を確認後翌日から投与する。

抗血小板療法:

アテローム性動脈硬化疾患における血栓形成の中核をなすのは血小板の粘着と凝集であり、これを抑制するために用いる。

心筋梗塞
脳梗塞
閉塞性動脈硬化症
抗血小板薬:

アスピリン(バイアスピリン、バファリン81mg)
塩酸チクロピジン(パナルジン)
シロスタゾール(プレタール)
イコサペント酸エチル(エパデール)
ベラプロストナトリウム
     (ドルナー、プロサイリン)
塩酸サルボグレラート(アンプラーグ)

抗血小板療法と外科的処置T:

出血を伴う処置を受ける場合

 アスピリンや塩酸チクロピジンは血小板に対して不可逆的に作用し血小板凝集を抑制するため、その作用は血小板の寿命(一般的に7〜10日)持続する。
抗血小板療法と外科的処置U:

出血を伴う処置をする際の休薬期間の目安
アスピリン  7〜10日
パナルジン 7〜10日
プレタール 3〜4日
エパデール 7〜10日
ドルナー、プロサイリン 1日
アンプラーグ 1日〜2日

抗血小板療法と外科的処置V:

出血を伴う処置をする際の休薬期間の目安
オパルモン、プロレナール  1日
ペルサンチン 2日〜3日
コメリアンコーワ 2〜3日
ロコルナール 2〜3日
ケタス 3日
セロクラール 2日


 高血圧
高血圧患者の歯科治療T:歯科治療中に脳卒中などの心血管病の発症の可能性あり。

血圧がコントロールされている必要あり。

降圧剤は歯科治療当日も服用させる。

高血圧患者の歯科治療U:歯科治療中の血圧上昇は、疼痛や不安を伴う歯科手技の際に大きい。

エピネフリンを含む局所麻酔薬により血圧は上昇するが、その程度はわずかである。

必要な歯科麻酔を確実に行うことが望ましい。

強い不安に対しては精神安定剤の投与も考慮する。
高血圧緊急症:血圧の高度の上昇によって、脳、心、腎、大血管などの標的臓器に急速に障害が生じる切迫した病態。

偽性高血圧緊急症:進行性の臓器機能障害がなく、一過性の著明な血圧上昇がある状態。

  高齢者や不安状態にある者では血圧変動が大きく、血圧が200mmHg/120mmHgになることもあるが、急性の臓器障害を疑わせる症状や所見がない限り緊急降圧の対象とはならない。
偽性高血圧緊急症U:

ニフェジピンカプセル内容物の投与は禁忌。
高齢者では急速・過剰降圧によって脳梗塞や心筋梗塞を引き起こす可能性がある。
中間持続型のCa拮抗薬やACE阻害剤などを内服させる。
不安状態の者には呼吸の調整や抗不安薬の投与を試みる。