出典:@http://www.toothcrunch.com/whatisdcs.htm  A「睡眠医歯学の臨床」P34〜38 ヒョーロン 加藤隆史 松本歯科大学総合歯科医学研究所・顎口腔機能制御学部門 B「トートラ人体解剖生理学」丸善株式会社 P175〜P222 松下松雄
P230〜240 杉野一行 C補綴臨床vol37No.22004-3p162〜173「睡眠関連ブラキシズムの基礎:生理学的検証」加藤隆史 松本歯科大学総合歯科医学研究所・顎口腔機能制御学部門 D 神奈川歯学 38 (4) P170〜174 2003 佐藤貞雄 「なぜ咀嚼器官とストレスか?」 E日本顎咬合学会誌 VOL24 No.2-3 P348 「人類の発生学から咬合学へ」 鈴木光雄 F押見一 「ブラキシズムと歯科臨床」日本歯科医師会雑誌2004 vol.57 No.7

   Dental Compression Syndrome 噛みしめ圧迫症候群 (DCS)  
  
 Dental Compression Syndromeとは

Dental Compression Syndrome (DCS)とは強い歯ぎしりと噛みしめにより引き起こされる様々なダメージの集積を意味します。

例えば、反対車線から急に飛び込んでくる大型トラックが目の前に迫るとき、ドライバーはそれまでの人生で出会ったことのないような強烈なストレスにさらされます。全身の筋肉を極限まで緊張させる防御反射の結果、自らの筋力で自分の肋骨を折ってしまうことがあります。

DCSはある意味で、正面衝突をするファミリーカーのドライバーと同じようなところがあります。人生の様々な強烈なストレスは就寝中も我々に緊張状態を強制するため、なかなか平穏な眠りが訪れません。断片化する睡眠における微小覚醒に伴い、交感神経系をすり減らした日中の反動のため、攻撃衝動を激しい歯ぎしりや噛みしめで発散しようとします。(C、E)その結果、制御できない強い力が歯と歯列、顎口腔系へ加わり、自らの身体に対し破壊的に作用します。

Gene McCoy博士によれば、人口の約90%がDental Compression Syndromeの症状を持っているにもかかわらず、実際にその有病性を自覚している人は一般成人では5〜10%にすぎません。

これはDCSが徐々に身体に負荷がかかる慢性疾患であり、その自覚症状も加齢や各種基礎疾患やストレスに伴う随伴症状として捉えられている場合が多いためと思われます。


◇昼間のストレスと睡眠中の歯ぎしりとの関連を示す研究はいくつか(日本顎咬合会誌 第23巻 第2号 2003 p165〜171「Slavicek philosophyに基づいたブラキシズムの有用性について 増渕正彦、藤岡一途、富田祐介、奥貴博」など)ありますが、実際にはその科学的根拠は強固でないという見方もあります。


強い歯ぎしりのために咬合面のエナメル質が破折、咬耗した歯
 歯ぎしりと噛みしめとは
Cより引用

国際睡眠障害分類

睡眠関連ブラキスズム(sleep related bruxism:SB)とは、「睡眠時に起こる歯ぎしりや噛みしめなど下顎の不随意運動」とし睡眠随伴症に分類されている。2004年度の改定により新設される睡眠関連運動異常症に分類される可能性が高い。

一次性睡眠関連ブラキシズム

睡眠中に発生する歯ぎしりや噛みしめを主徴候とした不随意な下顎運動

二次性睡眠関連ブラキシズム

精神・神経(口腔ジストニア、痴呆、統合失調症など)・内科的疾患、
睡眠障害(不眠症、いびき、睡眠時無呼吸症候群)
歯科的疾患(顎関節症、口腔顔面痛など)
医療行為(薬物投与、治療行為)  などにより誘発される歯ぎしりや噛みしめ

一次性覚醒時ブラキスズム

習慣性噛みしめを中心とした口腔習癖

二次性覚醒時ブラキスズム

精神・神経・内科的疾患、
歯科的疾患、
医療行為(薬物投与、治療行為)  などにより誘発される覚醒時の歯ぎしりや噛みしめ


 DCSと歯ぎしり・噛みしめ

「睡眠中のブラキシズムは浅いノンレム睡眠の第1段階と第2段階にその80%が発生し、睡眠周期の中の深いノンレム睡眠がレム睡眠に移行する、睡眠状態が比較的不安定な期間に集中して発生します。この期間には微小覚醒(micro-arousal)も頻繁に観察されます。ブラキシズムは微小覚醒に引き続いて発生し、個々のブラキシズムの咀嚼筋活動発現には中枢神経系もしくは自律神経系の活動が主要な役割を果たします。ブラキシズムを起こす人は健常者に比較して、微小覚醒に伴う咀嚼筋活動がより誇張されて起こる点が特徴的です。」(引用C)

噛みしめや歯ぎしり自体は生理的な現象と言えますが、その力と接触時間が身体やその機能を損なうほど強く長い時間、頻回に行われた場合DCSを引き起こします。健常者でも歯ぎしりのもとになる咀嚼筋活動が睡眠中に発生しますが、DCS患者さんではその活動数や筋活動量が高く、歯ぎしりが頻繁に起こるのが特徴です。

 つまりエナメル質の異常な咬耗、咬合面エナメル質のディンプル状欠損、歯茎のエナメル質のくさび状欠損、歯冠近遠心破折、セメント質剥離、歯根破折、マイクロフラクチャー、歯肉退縮、歯肉の圧迫時違和感、知覚過敏、歯の支持歯槽骨の垂直的欠損、歯列の病的変形や咬合高径の喪失、下顎隆起や口蓋隆起などの反応性の骨隆起、頭痛、顔面痛、顎関節痛、関節円板の転位や靭帯の伸展、下顎骨頭の骨変化、咀嚼筋と頚部筋群の過剰な緊張、めまい、耳鳴り、首筋の痛み、背筋痛、肩こり、腕のしびれなどが自覚的・他覚的症状として現れる可能性があります。また「不正咬合によって長期にわたって顎を捻じ曲げるような応力が生じると、開咬に見られるような下顎骨の後方回転や、反対咬合に見られる下顎骨の前方回転が生じたり、顎の側方偏位が生じたりする。」(Eより引用)

 これらの症状が必ずしもすべてDCSが原因で起こるわけではもちろんありませんが、一連の不定愁訴に対し鑑別診断を行う場合、必ずDCSの存在を忘れてはいけません。ただしこれらの症状はDCS以外でも生ずるため、臨床的には診断用スプリント上の削合パターンなどで診断しています。研究用診断としては睡眠ポリグラフ(polysomnography)で睡眠中の脳波、筋電図、心電図、眼球運動、呼吸などを測定して診断する方法もあります。

 口腔領域に限定して考えても、DCS患者さんの顎口腔系は過剰なストレスにいつも晒されているため、硬組織は機械的疲労による破損、磨耗を起こし、筋肉などの軟組織は疲労物質の蓄積、損耗が起きやすくなります。つまりDCSは疲労と加齢的変化を加速します。

 DCS患者さんに行った冠や充填物などの補綴治療は壊れやすく、変形しやすく、度々再治療が必要となります。

特に歯髄を失った失活歯では絶えず歯根破折の可能性を心配する必要があります。歯根破折した歯を接着剤等で接着後に再植する方法も考えられますが、ほとんどの場合、その歯を失うことになります。

 以上のように、その患者さんがDCSであるか、そうでないかは歯科治療を難易度や信頼性、コストの面でまったく違うものにしてしまうのです。


 DCSはなぜ起こるのか?

 およそ過剰な強い噛みしめや歯ぎしりの原因の90%以上は、人生において心身に加わるストレスが原因だと推定する研究者もいます。(Slavicek R: The functinal of stress management 等)

しかし生活のストレス以外にもいくつかの可能性があります。

1.咬みしめるスポーツ: テニス、ゴルフ、野球、ウェイトリフティングなど

2.興奮作用のある薬物: アルコール、カフェイン、覚醒剤、コカイン、エクスタシーの乱用など
  アルコールは入眠を助けますが、睡眠の第1段階と第2段階を増やす替わりに、深い睡眠を減らします。歯ぎしりは睡眠障害に伴い睡眠の不安定期に多発しますので、習慣的な晩酌を行う方はDCSに対する注意が必要になります。

3.心理学的な問題: 不安、恐怖、怒り、ストレス、長時間の緊張、競争的で攻撃的な性格

4.医学的な問題: 睡眠時無呼吸症候群、身体の他の部分の痛み

5.咬み合わせの問題: スムーズでバランスの取れた咬みあわせができない場合




 DCSの自己診断

 自分の身体を壊すほどの強い噛みしめや歯ぎしりを行っている人の50%は、自分が病的な噛みしめや歯ぎしりの習癖を持っていることに気づいていません。次のような症状に気がついた場合、DCSの可能性を疑う必要があります。

 咬筋肥大 強い歯ぎしりや噛みしめをいつも行っている人は顔の側面にある咬筋が発育し、盛り上がった印象を与える場合が多い。最近エラが張り、顔が大きく見えるようになった人は要注意。

 歯肉退縮 歯茎の付着歯肉が後退し、歯が長く見えるようになります。

 咬耗のため平坦化した臼歯咬合面

 磨り減り短くなった前歯

 臼歯咬合面エナメル質のディンプル状欠損 ゴルフボールの表面にある円形の窪みに似たエナメル質の欠損が嘗て咬頭があった場所に発生します。咬耗により臼歯の咬合面エナメル質が磨り減りますが、最初に磨り減る咬頭頂部分は他の部分に比べ早期に内部の柔らかい象牙質が露出します。一度露出した象牙質部分は食片による磨耗と応力集中による破損が進行するために、ポットホールを形成しやすく、ディンプル状に窪んでいきます。さらに咬耗が進むと各ディンプルは連結し、やがては咬合面全体のエナメル質が失われてしまいます。

 歯頚部エナメル質のくさび状欠損(アブフラクションabfraction) 歯に強い屈曲力が長時間、長期間、頻回に加わることにより、歯頚部のエナメル小柱間に疲労亀裂が入り、やがてくさび状に破壊、喪失していく現象が起きます。アブフラクションを起こした歯頚部の欠損部が歯ブラシの毛先の当たりやすい場所にある場合は、表面が歯ブラシにより研磨され滑沢化しますが、プラークが停滞しやすい場合は酸による侵食を受け、知覚過敏やむし歯の進行が起こります。

 下顎隆起や口蓋隆起などの外骨腫、内骨腫 水晶やトパーズ、トルマリン、酸化亜鉛など圧電体と呼ばれる結晶に力を加えると電圧が発生します。(圧電性piezoelectricity)

骨も応力が加わると微弱な電流(ピエゾ電流)が流れる一種の圧電体としての性質を持ちます。電流が流れるとCaの吸着が起き、また骨芽細胞が活性化するために電流の流れる方向に沿って骨稜が発育し骨が造成される性質があります。DCS患者さんでは強い噛みしめや歯ぎしりによって応力が集中する下顎舌側の左右小臼歯部、口蓋中央部、上顎小臼歯部頬側歯頚部などに骨の膨隆が起こり、次第に瘤状に成長していきます。この骨隆起の内部は血管走行のほとんどない緻密な皮質骨で満たされています。

 歯圧痕 強い咬みしめをいつも行う人では、頬の内側や舌側縁部に歯面が強く押し付けられる習癖でできる連続した圧痕が見られる場合が多く、心理的ストレスに長期間晒されている人によく観察されます。

充填物やポーセレンの破折や脱落歯冠・歯根破折

 知覚過敏

 咬み合わせの高さが低くなる。鼻から下の下顔面高が短縮。


歯頚部のくさび状欠損


睡眠中の強い歯ぎしりにより起こる外骨腫(下顎隆起)
 DCSの治療手順

 病識を確立 ふつう自覚のない病気ですから、まずDCSに気がつき、DCSの病態と性質についてよく理解することから治療が始まります。

 自己暗示法と自律機能訓練法(谷口威夫先生) DCSの進行状態を把握し、リラックストレーニング 

咬耗やくさび状欠損などDCSの自己診断リストのいくつかに当てはまる場合、二つの可能性を考えなければなりません。

すなわち過去のある期間DCSの状態に一過性に陥っていたのか、それとも現在もDCSの状態が続いているのかの鑑別が必要になります。

 DCS評価リスト

 あなたの歯は冷たい食物と飲み物に敏感ですか?

 あなたは頭痛で目覚めますか?

 あなたの顔の側面の筋肉、つまり咬筋に肥大や圧痛、緊張感などの症状がありますか?

 むし歯が全くないのに、歯は根管治療を必要としましたか?

 あなたの顎関節は開口・閉口時に音を立てますか?

 気がつくと長時間噛みしめていますか?

以上のリストの大半に該当する場合、現在もDCSの状態にある可能性が大変高くなります。

 DCS患者さんのためのリラックスするマントラ(呪文)teeth apart 法  

  「唇を閉じ、上下の歯を離し、顔の筋肉の力を抜く」Lips together, teeth apart, face relax

生理的な状態では、会話時に歯は触れ合うことはありません。食事の時にも歯は稀に触れ合うだけです。しかしものを飲み込む時には上下の歯はしっかりと噛みあうことが生理的には望ましい動きです。緊張しそうな場面でこのリラックスマントラを繰り返し唱え、魂は熱くても頭はいつもクールに過ごすのがDCSから逃れる秘訣になります。

 良質な深い睡眠を十分にとる。

 環境やストレス、身体的な理由により睡眠が断片化し、睡眠中の微小覚醒の回数が増えると激しい歯ぎしりや噛みしめが起こりやすくなります。心身の健康のために 良い睡眠をとることの重要性が注目されています。

 かみ合わせのバランス調整とsharpening procedure(咬合接触面の先鋭・狭小化)

上下の歯がバランスよくスムーズに快適に接触、滑走できるように精密な調整を行います。

  上下の歯の接触関係の検査 オクルーザル・インディケーティングワックス(occlusal indicating wax)で歯列を包み、表面を濡らした後、ライトタッピング(素早くカツカツ咬む)を行ってもらいます。接触面積が大きすぎ、負荷が一点に集中している場合や平衡側に接触がある場合、できるだけ小さな範囲で接触滑走するように咬合面や頬側面、口蓋面をエナメル質範囲内で最小限に削合、咬合面に裂溝形成、球面形成、咬頭形成し(F)研磨した後、フッ化ナトリウムクリームで研磨します。

  20μ金属箔のレジストレーション・ストリップス(Bite Registration Strips)にて、下顎側方運動時の臼歯部引き抜き試験を行います。可及的に無理のない範囲で犬歯誘導を確立します。
 
  その結果、歯頚部エナメル質に加わる屈曲力、歯槽骨及び顎関節に加わる圧力は小さくなり、下顎は生理的に安全な位置に戻りやすくなります。



 ナイトガードとアンテリアル・スプリントによる保護とリラクセーション

 咬合調整やシャープニングで、咬み合わせの工学的な問題にはある程度対処できますが、限界を超えた破壊的な力で噛みしめたり、歯ぎしりしたりする意識下の問題には充分ではありません。

ナイトガード

 
就寝中に上下の歯の直接的な接触を避け、なおかつ下顎が筋肉のバランスのとれた位置で自由に動けるようにしたマウスピースです。ナイトガードを就寝中に上顎に嵌めて寝ることにより、筋肉をリラックスさせることができます。

 アンテリアル・スプリント
 
 
上顎の6前歯だけを覆うように設計されたアクリリックレジンでできた薄くて硬いマウスピースです。
アンテリアル・スプリントを使うことにより噛みしめる力を半減することができます。これはアンテリアル・スプリントが臼歯の咬みあわせを許さず、前歯だけ咬む場合は臼歯が咬合に参加する場合に比べ、咬む力が25%程度まで減少することを利用しています。