2005巻頭言

   2005.11巻頭言 「小泉という選択」               

新型インフルエンザの世界的流行(パンデミック)の懸念が囁かれる今日この頃ではございますが、先生方に於かれましては益々ご健勝のことと拝察申し上げます。
さて、先の衆院選の結果は周知のように、郵政民営化一本で国民に選択を迫った小泉自民の圧勝に終わり、為政者と経済財政諮問委員会は白紙委任状を得たかのように、財政破綻のつけを医療に支払わせようとしています。いつの間にか私たちは『準公務員』に格付けされ、本体3〜5%削減が当然視される目前の改定、ポスト小泉で予想される12%〜15%の消費税特別会計化、医療費総枠規制など、私どもの死命を制するサプライズが待ち構えております。
9月22日に発表された財務省HPの資料である「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(平成17年6月末現在)」によれば、国債、借入金、政府短期証券を合計した「国債及び借入金現在高」残高は795兆8338億円に達したそうです。わずか3ヶ月で14兆2821億円も増えており、国民1人当たりでは約623万円の借金を負っていることになります。(http://www.mof.go.jp/gbb/1706.htm)
 一方、同日の日経によれば、小泉首相は2006年度に2〜5%の診療報酬引き下げを行うことを決定し、首相が議長を努める経済財政諮問会議で関係閣僚に指示を出すとしています。本体部分の引き下げは2002年に1.3%引き下げられたことに続き、4年ぶり2度目になるわけですが、厚生労働省は医療費の伸びや物価、国民医療費の国民所得に対する割合などを考慮し「これまでより機械的に算定する」としています。

医療費の高騰の主因は、別に我々医療サイドの不正請求にあるわけではなく、日本が子供を生み育てる喜びの見合わない社会になっていること、そのために引き起こされた少子高齢化構造と医療技術の高度化にあります。いわば年々医療費が膨らみ続けるのは日本の人口構造と医療そのものが持つ宿命であると言えます。問題は今まで給付されてきたサービスが、職業的良心に従い懸命に使命を果たしてきた医療者に一方的な犠牲を払わせることによっても維持できなくなったこの国の衰退にあります。

人口動態予測における今日の危機的な状況は、すでに1980年代初頭にも予想されていたにもかかわらず、将来を見据えた包括的な戦略や有効な対策は何も採られることはありませんでした。

貿易摩擦が深刻化した1985年(昭和60年)にNYプラザホテルにてG5(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本)はドル安誘導政策を協調してとることにしました。このプラザ合意に基づいて日銀は保有するドルを売り、大量の円買いを行い、市場は円高ドル安傾向を加速させました。円が高くなると判っていれば、ドルを円に交換し、将来円の価値が高くなったときにより少ない円でドルを買い戻せば、手元に残った円の分だけ儲かるからです。1980年代までは実物経済とマネー経済の比率は9:1くらいでしたが、現在は世界のお金の流れの9割以上が商品やサービスを伴わないマネー経済化しています。また当時、政府の予想をはるかに超えて円高が進み、プラザ合意前夜の東京市場では、1ドル=242円でしたが、1985年の年末には、1ドル=200円を切るまで円高が進み、1988年の年初には1980年代の最高値の1ドル=128円をつけました。その結果、輸出が急減し「円高不況」の状態になりました。日銀は内需を拡大するために、公定歩合を切り下げましたが、株式と土地への投機が過熱し、株価と地価が適正価格をはるかに超えて膨れ上がったのがバブリーな「平成景気」です。加熱し続ける景気を抑えるために、日銀は公定歩合を上げ、1990年3月に橋本大蔵大臣は「不動産融資総量規制」を行いました。しかし過熱した投機のソフトランディングに失敗し、1989年12月29日に38,915円87銭にまで上り詰めた日経平均株価は、1991年2月から急落し、1998年10月9日には、最高値から67%下落、12,879円97銭になったのです。いわゆるバブルの崩壊です。担保価値の下がった土地や株式は不良債権化し、銀行の貸し渋りを招き、企業はリストラを行い失業率は上昇して不況は長期化しました。景気回復のために政府は大量の国債を発行し、公共事業に巨額の税金を繰り返し投入しましたが、日本の将来性への投資につながらない従来型の土木事業主体であったため、景気回復効果はほとんど見られず、ただ莫大な負債が国民に負わされただけに終わりました。

少子高齢化が進む日本に必要な投資先は第一に教育による労働力の高度化と産業構造の再構築であり、情報・通信インフラや福祉・医療インフラの整備、アジアとの関係改善であったはずです。一連の流れを見ると、複眼的な視点に依拠する主体的な外交戦略が欠如し、対米追従型の政策決定を行い続けたこと、マクロ経済の変調をリアルタイムで察知し、最適な対策を機動的にすばやく運用する能力と即応性のある政策決定機構の欠如に現在の日本の脆弱性を招いた主因があることがわかります。

その国の政治はその国民にふさわしい水準でしか行われません。今回、郵政一点を選択基準に掲げた小泉政権に白紙委任状を与えた国民の責任は重く、15年後に振り返ったとき、本年日本が危険な曲がり角を曲がったことに慄然とするのではないかと危惧しています。

参考資料:@ 財務省ホームページ A 「ハイエナ資本主義」中尾茂夫 ちくま書房 B 「欲望と資本主義」 佐伯啓思 講談社現代新書 C 「経済のニュースがよくわかる本」細野真宏 小学館 D 日経新聞9月22日号

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